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きっかけは本当にささいなことだった。何気ない発言が思わぬ結果を招くなどよくある話。
けれどそれは、いささか突飛すぎた。
師走に入ったばかりの凍てつくような夕刻。
わたしは急に降ってきた雨をやり過ごそうと、ナスティ様のお屋敷に立ち寄った。雲の流れから見て四分の一刻もすれば収まりそうだったので、軒先を借りるだけのつもりだった。
「まあ、迦遊羅! 寒かったでしょう、早く入って」
ナスティ様は肩を抱えるようにして部屋に招き入れてくださった。そして雨に濡れた着物を着替えさせ、温かい飲み物まで出してくださった。
「お腹、空いてない? シチューを作ってるんだけど」
「ありがとうございまする。でも、そう長居するわけには・・・」
「すぐにできるわ。服が乾くまでの間だけ、ね?」
顔の前で両手を合わせ、拝む仕種。
外は重い雲が垂れ込め、もうすっかり夜の様相を呈している。ふと、昼食を食べていないことを思い出した。
「では遠慮なくご馳走になります」
頭を下げたら、ナスティ様はとてもうれしそうに笑った。
出来立てのしちゅーを食べながらとりとめのない話をしていると、電話が鳴った。
「はい、柳生です」
『お姉ちゃん? ぼく、純』
電話の主は純だった。
「純、どうしたの? 何かあった?」
ナスティ様は少し心配そうに、けれどやさしく問いかける。
『うん・・・・・・あのね・・・』
純はしばらく思案するように口ごもってから
『サンタクロースって、いると思う?』
この上もなく深刻そうに不可思議なことを尋ねた。
それはナスティ様にとっても対応に窮する内容だったらしく、絶句しそうになるのをこらえて、ゆっくりと返事が紡がれる。
「そうねぇ・・・、わたしはいると信じたいわ。見たことはないけど」
『よかったァ、お姉ちゃんもそう思うんだね!! ぼくもそうなんだ』
受話器の向こう側から安堵の息が漏れる。
『だって、トルーパーのお兄ちゃん達やカオスや、阿羅醐がいたんだよ。サンタクロースだってどこかにいたっていいと思うんだ』
少年の声は興奮で弾んでいて、ナスティ様の頬がふわりと緩んだ。
「ええ、そうね・・・。そうだわ」
今度は当たり障りのない返答でなく、心からの相槌。
<さんたくろーす>の意味は解らなかったけれど、彼らがわたし達を大事に思ってくれているのはよく分かった。
『じゃあ、お姉ちゃん。サンタクロースがいるとしたら、どこか分かんない?』
「え? うーん・・・普通は北欧・・・よね。でもサンタクロース伝説のモデルになった人はトルコに住んでたって言うし・・・」
『そうなの? じゃあトルコに行ったら会えるかな?』
「それは分からないわ。純はサンタクロースに会いたいの?」
『う、うん・・・、ちょっと・・・』
不意に会話が止まった。ナスティ様は訝みながらも思い当たる節があったようだ。
「・・・純、どうして急にサンタクロースなんて言い出したの? 正直に話してちょうだい」
口調は柔らかいが逆らいがたい迫力だった。なぜか母さまを思い出してしまった。
純は始めと同じように迷っていたけれど、ついに観念したのか、一気に口を開いた。
「ごめんなさい! ぼく、学校の友達に『サンタクロースはいる』って言っちゃったんだ。そしたらみんなが『じゃあ証拠を見せてみろ』って・・・」
純の話によると、師走の二十四日の夜には<さんたくろーす>が子供達に贈り物を配って廻るという言い伝えがあるらしい。でも贈り物をくれるのは実は<さんたくろーす>でなく父さまや母さまで、純くらいの歳になると、みんな<さんたくろーす>がただの作り話だと知っているのだそうだ。
なのに<さんたくろーす>がいると言ってしまったのは、学校で先の戦いの話が出たから。
あれから三年、阿羅醐や妖邪のことは人々の記憶に全く残っていない。目撃者である純とナスティ様も語ろうとしない。もっとも話したところで誰も信じてはくれないだろう。二つの世界の境はそうして守られてきたのだから。彼らはそういったことも直感的に悟っている。
それでも、街に近づけなくなったり大勢の人々が忽然と消えたりしたことだけは確固たる事実で、前代未聞の怪奇現象として未だに語り種になっていて。
『くやしかったんだ。お兄ちゃんたちはあんなにがんばったのに、誰も知らないなんて』
まだ幼い純には、その矛盾を割り切ることができないのだろう。だから、ついうっかり口を滑らせてしまったのだ。そしてそれをごまかすために、季節的に話題に上ることの多い<さんたくろーす>にかこつけた。
「そう・・・だったの」
全てを聞き終えたナスティ様は、先程の気迫が嘘のように悲しげだった。
わたしも悲しかった。わたし達の存在が認めてもらえないのは仕方がない。それが世界の仕組みであり、罰でもあるのだから。二人が心を傷めることなんてないのに・・・。
「でも嘘はいけないわ、純。あなたもサンタさんなんていないって思ってるんでしょう?」
『・・・うん』
「そんな気持ちだったら、もし本当にサンタさんがいても、姿を見せてくれないと思うわ。だってそうでしょう? わたし達があの戦いを見届けられたのは、サムライトルーパーや妖邪のことを疑ってなかったからだもの」
その通りだ。でも
『うん・・・。ぼく、やっぱりみんなにあやまることにする』
あやまる必要はない。
「それがいいわ。・・・ごめんね、力になってあげられなくて」
『ううん! ぼくが悪いんだよ。あの戦いのことはしゃべっちゃいけないのに』
純は悪くない。
『話聞いてくれてありがとう、お姉ちゃん。じゃあね』
通話が終わろうとした時、わたしは思わず叫んでいた。
「純、<さんたくろーす>はいます!!」
「!?」
ナスティ様が見開いた瞳をこちらに向ける。
「直接会ったことはありませんが、噂は伺っています。何でも妖邪界の異境に住んでいらっしゃるとか。わたしが純のお友達に会ってくださるよう頼んでみます」
『えっ!? ホント?』
「迦遊羅!」
激しく手を横に振るナスティ様。いいえ、止めてくださいますな。
「ええ。ただ、お忙しい方ゆえ、ゆっくりお話はできないかもしれませんが・・・」
『いいよ、トナカイとソリで飛んでるところが見れたらいい。それ見たらみんな、ぜったい信じてくれると思うんだ!』
となかい? ソリ?
一瞬脳裡をとてつもない不安がよぎったが、もう後には退けない。
「わかりました、そのようにお願いしてみましょう。後日連絡いたします」
『ありがとう、迦遊羅!!』
歓声と共に電話は切れた。
「・・・迦遊羅〜・・・」
後には頭を抱えるナスティ様と、途方に暮れるわたしが残った。
夜。
わたしはナスティ様から借りた<さんたくろーす>の資料を携えて、悪奴弥守殿の部屋を訪ねた。
「・・・で、その猿芝居の片棒を俺に担げと?」
案の定、不機嫌な顔で睨まれる。ここでめげたら負けだ。
「猿芝居ではありませぬ! 立派な人助けです。悪奴弥守殿は純が笑いものになっても良いのですか?」
「別に構わん。親兄弟でもあるまいし、そこまでしてやる義理はない。大体そういうことは朱天あたりが適任だろう」
「朱天殿にこの格好が似合うとお思いですか?」
「・・・・・・じゃあ螺呪羅は。さぞや見事な幻を見せてくれようぞ」
「それでは本当に騙すだけではありませんか!」
「那唖挫ならどうだ」
「幻術が薬に変わるだけです」
「――――――――」
・・・勝った!
「あー・・・、しかしだな、誰がやるにせよ、無理がありすぎぬか? 我らは逆立ちしたところで『白いヒゲの小太りジジイ』には見えんと思うぞ」
「お爺さん本人でなく、お弟子さんということにすれば良いではありませんか」
「そんなこと、どうやって説明するのだ!? 見ただけでは判らんだろうが」
「ご心配には及びません」
わたしは本の間に挟んでおいた秘密兵器を取り出した。右半分は緑、左半分は黄色の矢羽型の紋章。
「何だ、それは?」
「<初心者まーく>です。ナスティ様が貸してくださいました。これを付けていれば、駆け出しの新米であることが一目で判るのだとか」
「そう言えば人界で時々見かけるな。あれはそういう意味だったのか・・・・・・などと納得するとでも思ったか!!」
「していらっしゃるではありませぬか」
悪奴弥守殿は図星を指されて目を白黒させる。もう少しだ。
「問題はまだある! トナカイだ。こいつはいくら俺でも用意できん」
「? 何ゆえです? ただの大きな鹿でございましょう」
本の図柄を見せると、悪奴弥守殿は大きなため息をついた。
「この国にこんな鹿はおらん。おったとしてもソリを牽かせるなど到底無理だ。鹿というのは見た目よりはるかに獰猛で気難しい獣なんだぞ」
「そ、そんな・・・」
目の前が真っ暗になった。北の生まれで動物を手懐けるのが得意な悪奴弥守殿なら、きっと何とかしてくださると思っていたのに、望みはあまりに呆気なく絶たれてしまった。
どうしよう。純に何て言えばよいのだろう。約束したのに。
俯いて考え込んでも何も良い案は浮かばない。いっそわたしが男だったら。
「おい」
と、悪奴弥守殿が頭を掻きながら話を再開した。
「トナカイでなくていいなら、何とかならんこともないが」
「他にソリを牽ける動物が・・・?」
「犬だ。それなら俺にも扱える」
「犬・・・ですか?」
「何だ、その胡散臭そうな目は! 北方では馬などよりよほど良い働き手なのだぞ。トナカイにだって引けは取らん」
初耳だった。悪奴弥守殿はこういう嘘をつく方ではないから、事実なのだろう。
「でも<さんたくろーす>はトナカイの牽くソリに乗らなければ」
「見習いだから犬でもいいのだ!」
自信たっぷりに断言する。よく分からない理屈だが、なぜか妙に説得力がある。
確かに赤い服を着てソリで空を飛ぶ者などざらにはいないだろうし、少し離れたところを通り過ぎるだけなら何とかなるかもしれない。
「引き受けて・・・くださるのですか?」
おずおず確かめると、
「仕方あるまい。他の連中には荷が重すぎるからな」
そっぽを向いて承諾が投げられた。
それからは毎晩こっそり起き出して、二人で犬ぞりの練習をした。
悪奴弥守殿が連れてきた八頭の犬は、とても大きくて賢かった。
「南の最果てで働いていた犬どもだ。主に置き去りにされて死んでしもうたが、それを恨みもせず、またこうしてソリを牽いてくれる」
「まあ、偉いのですね。でも南だと暑いのでは?」
「俺もそう思ったがな。そういうものでもないらしい」
何でも人界はまん丸い形をしていて、南と北の両端が寒く、中間が一番暑いとか。
そんな話をたくさんした。夜更かしは辛かったけれど、楽しいひとときだった。
寝不足がたたって居眠りをしたこともあったが、運良く朱天殿も那唖挫殿も螺呪羅殿も三人がら多忙続きの折で、不審に思われずに済んだ。これも迦雄須様のお導きだろうか。
悪奴弥守殿は犬達を巧みに扱い、犬達も言うことを良く聞いた。おかげで二週間もする頃には、わたし達は自在に空を翔られるようになっていた。
そして二十四日当日。
純は友達を家に呼んで、彼の部屋の窓から望遠鏡で<さんたくろーす>を見ることになっていた。あまり低いところを飛ぶと、他の人間にまで見つかって大騒ぎになるからだ。
夕刻、準備をしているところに朱天殿がやってきた。わたしは大慌てで衣装と袋を隠す。
「迦遊羅、明日は用事があるゆえ、務めは休みにしようと思うのだが、構わぬか?」
珍しい申し出だ。先日からずっと働き詰めだったのは、仕事の調整のためだったのだろう。しかし“用事”とは?
「はい。たまにはごゆっくり骨休めをなさりませ」
疑問に思いつつ、角の立たない返事をしておいた。明日になれば分かることだ。今はそれより<さんたくろーす>作戦を成功させねば。
「うむ。お前も明日に備えて休めよ。夜更かしなどせずにな」
一瞬、背筋がギクリとした。が、朱天殿はそれ以上は何も言わず去っていったので、ただの思い過ごしと分かる。
朱天殿が完全に見えなくなったのを確かめ、人目につかぬように部屋を抜け出した。
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