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隠岐は「島後」「中ノ島」「西ノ島」「知夫里島」という四つの島の総称である。島後が面積、人口ともに最も大きく、主要施設が集中している。その他の三島はまとめて「島前」と呼ばれる。島後までは飛行機の便があるが、その他の島には船が通うだけだ。ナスティ達が調査していたのは、後鳥羽上皇の行在所があった中ノ島である。
遼達一行は翌日すぐに中ノ島へ向かった。家族はすでに心得たもので、理由を細かに尋ねることもなく彼らを送り出した。学校には病欠届けが出されていることだろう。
中ノ島には事故の捜査に当たる警察に加え、他にも不発弾が残っていないか調査するために自衛隊の処理班が駐留しており、一種の厳戒体制が敷かれていた。本土や他の島からの往来は全て念入りにチェックされ、マスコミでさえおいそれと近づけない有様だ。仕方なく螺呪羅の力で関係者の記憶を操作しようとした時、ナスティの両親に出会った。連絡を受けてフランスから駆けつけていたのだ。
「君達は・・・」
ナスティの父はフランス国籍を取得して、現在ソルボンヌ大学で経済学の教授を務めている。日本に帰ってくることは滅多にないが、遼達とは3年前にナスティの祖父の葬儀で顔を会わせたことがあり、その後も娘からの手紙で様々な報告を受けていたので、おおよその事情は知っているらしかった。
「ナスティのために来てくれたんだね、ありがとう」
異国の匂いの染みついた紳士は年少の相手を軽んじることなく、穏やかに頭を下げた。その控えめな態度が、いつも己の悲しみを後回しにして他人を気遣っていた彼の娘と重なり、一層胸が痛んだ。
「隠岐の旅館に部屋をとって捜査の結果を待っているのよ。遺体は見つかっていないのだし、わずかでも望みがあるなら・・・」
金髪の夫人が流暢な日本語を詰まらせ、口元を押さえた。その肩を抱く柳生教授の手には血管が青白く浮いていた。
「あの・・・、何か力になれることがあったら言ってください。ナスティはおれ達にとっても大事な人なんです」
上擦りそうになる声を必死で抑えながら、遼が申し出た。他の者達も同意を表すように姿勢を正して向き直る。
教授の瞳が不意に複雑な陰影を宿した。彼は今まで何度も、ナスティに伝奇学の研究をやめてフランスに戻るよう催促してきた。もちろんオカルトを蔑視するつもりはないし、祖父の研究を継ぎたいという彼女の気持ちは尊重してやりたい。だが、娘が一般社会から隔絶した世界にのめりこむのは親として喜びがたく、せっかく恵まれた才能なら、もっと別に活かせる分野があるのではないかと思っていた。だから本音を明かせば、目の前の少年達にこれ以上深入りしてもらいたくない。彼らがナスティを心から理解し気遣ってくれることには感謝している。しかしその故に、娘は彼らの許から「こちら」に戻ってくることは決してないだろう。いずれ禁忌の領域深く、手の届かないところへ行ってしまうのでは・・・。かねてよりの不安が的中した今、彼らに対して理性を保ち続けるのは苦痛だ。
それでいて、例えどんな形であれ生きていてくれるのなら、という望みも捨てきれず。
教授はしばらく躊躇した後、
「もしよかったら・・・、一緒に来てくれないか」
呻くように言った。
「はい、ぜひ」
少年達の屈託のない快諾が、ありがたいと同時に重かった。信じてきた科学で解明できないから、信じてもいない、むしろ忌み嫌ってさえいる「超常の力」に頼る。まったく愚かで虫のよい思惑だ。彼らは分かっているのだろうか。
後ろめたさの裏で暗い感情が「当然の権利だ」とささやく。目線だけを合わせて頬を歪める2人に、低い声が告げた。
「人の親なればこそ、だ」
異形の青年が、サングラスの奥から何もかも見透かしたような蒼い眼を向けていた。
一行は夫妻に伴われ、中ノ島行きの連絡船に乗った。警察や自衛隊は予想以上に被害者の肉親に同情的で、いきなり増えた同行者にいい顔はしなかったものの、彼らの素性について追及の手を向けることはなかった。おかげで幼い純や特異な風貌を持つ螺呪羅も無事に島に入ることができた。その上夫妻は、彼らのために宿まで手配してくれたのだった。
これは予想外の好都合な展開だった。警察や自衛隊といった公的組織の監視下でサムライトルーパーとして行動するのは様々な危険を伴う。今回のように妖邪界が絡んでいる場合はなおさらだ。その点、ナスティの両親は格好の隠れ蓑となる。先の戦いでナスティが果たした役割を今度はその親が務めると考えると、素直に喜べない部分はあるが。
夫妻の協力で必要な情報はすぐに手に入った。
調査隊はメンバーの仕事の都合もあり、今週中には島を発つという。
「直接話ができないまでも、顔を見ることはできないでしょうか」
当麻が遠慮がちに頼むのを柳生教授は二つ返事で引き受け、明日の昼食を調査隊の面々と一緒にとることになった。柳生一族が学者の家系であることに加え、ナスティの祖父が考古学の権威であったことが大きなコネとなっているらしい。
「こういう時、学閥の大物は便利だよな」
当麻は屈折した口調で感心した。
「だけどいいのかな。ここまでしてもらって」
海に沈む夕日を見つめながら、伸が呟いた。
「何言ってんだ。ナスティのためだろ? あっちだってそのつもりで協力してくれてるんじゃないか」
秀が驚いたように反論する。
「そりゃ分かるけどさ、何か利用してるみたいで申し訳なくって」
「利用とは穏やかでないな」
征士が咎めるように眉を上げた。
「だって、ナスティがこうなった原因は僕達にあるかもしれないんだよ。ご両親はずっとナスティの研究に反対してたそうじゃないか」
「確かに妖邪とのいざこざに巻き込んだのはおれ達だ・・・」
遼も心の奥に同じことがひっかかっていたのか、目を伏せてうなだれた。
「巻き込んだっていうか、向こうが勝手に首つっこんできたんだけどな」
当時の状況を思い出し、秀が苦笑いをした。
「でも事情を知ってるってだけで、住むところや食事の世話までしてもらって・・・それがまるで当たり前みたいに・・・。おれ達は結局、ナスティに甘えていたんだ」
彼らは<サムライトルーパー>である宿命を己の意志で受け入れ、戦う覚悟を決めた。困難な道であることは痛いほど分かっていたはずだ。それなのに、何の力も持たない人間をこんな運命に付き合わせてしまった。
あの時、阿羅醐が新宿から一旦退いた時に別れていれば。彼女や純は命の勾玉の使い手になることはなく、妖邪界と縁を持つこともなかっただろうに。
「あ、あん時は他にどうしようもなかっただろ。オレ達はみんな家を離れてて、住むところも金も何にもなくって、なのに妖邪はしつこく攻めてきやがるし・・・」
次第に感情的になる秀の言葉を、征士が引き取る。
「その通りだ。彼女の助けなくして、あの戦いに勝つことはできなかった。我々は妖邪の存在はおろか、自分の鎧のことさえよく分かっていなかったのだ」
静かな、だが激しい自責を含んだ口調は、ひどく悲しく響いた。
「・・・ほかに何か方法はなかったのかな。誰も巻き込まずに戦う方法が・・・」
伸が唇をかみ締めた。20畳の部屋に入り切らないほどの静寂がたゆたう。しばらくして、
「もうよせ。今さら言ってみても仕方のないことだ」
当麻が冷たく言い放ち、その場を切り上げた。
螺呪羅は、話題に加わることのできなかった純が部屋の隅でじっと膝を抱えているのを無表情に見ていた。
発掘が行われていたのは鬱蒼とした森を擁する古い神社だった。周囲には警察の手で立入禁止のロープが張り巡らされていたが、そんなものがなくても不可視の注連縄が侵入者を冷たく拒んでいるようだ。流刑の果てに非業の死を遂げた帝の住まった地には、時を経てなお消えぬ怨念が染みついているのかもしれない。
「ひゃあ〜・・・」
純は肩をブルッと震わせた。
「な、なんか出そう・・・」
思わず螺呪羅のコートにしがみついてしまい、慌てて離れる。
「やはり帰るか?」
螺呪羅がからかうように顎をしゃくって宿の方向を差した。
「平気だよ! ちょっと寒かっただけさ」
純は明らかに強がりと分かる大股で鳥居に近づき、ロープをくぐった。
軟弱そうに見えてなかなか頑固な子供だ。螺呪羅は小さく肩をすくめた。元はといえば部屋を抜け出すところを見つかったのが運の尽きだった。隠密行動に関しては人後に落ちぬと自負する螺呪羅だが、わざわざ真夜中に一人で事件の現場を探ろうとする物好きが自分以外にいるとは思わなかった。ましてそれがこんな子供とは。幻術で眠らせて置いてくるのは簡単だったが、所在なげに膝を抱えていた姿を思い出すと、どうしても突き放すことができなかった。幻魔将ともあろう者が焼きが回ったものだと苦笑しながら、森全体に目くらましを施した。
「そう長くは保たん。手早く済ますぞ」
純はこくりと頷き、少し離れて螺呪羅の後をついていった。
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