|
小田原の柳生邸に着いた遼は、ドアに鍵がかかっていなかったので、まさかと思いつつ玄関の呼び鈴を押した。そして
「秀、純! どうして・・・」
先客がいることに驚く。
「遼、お前こそ」
秀は制服を着たままの遼をしげしげと眺めた。
「ガッコサボってきたのか?」
「だってそれどころじゃないだろ。ナスティが・・・」
「ああ。とにかく入れよ」
促されるままにリビングに上がる。続いて入ってきた白炎が、悄然としている純の頬をペロリと舐めた。
「あ〜あ、何てカッコだよ。どうせまた山ン中走ってきたんだろ」
秀は遼に木の葉や小枝にまみれた上着を脱がせ、ソファに座らせた。
「仕方ないだろ。電車を乗り継ぐより白炎の方が速いんだから。それより、お前たちはどうしてここに?」
「それがな・・・」
秀は今朝からの一連の出来事をかいつまんで話した。
「じゃあ、2人はニュースで知った訳じゃないのか」
「まあな。もっともここ来る途中でちらっとは見たけど」
「しかし妖邪門って・・・ニュースじゃ埋まってた爆弾が爆発したって言ってたが」
「ぼく、嘘なんてついてないよ! ホントに見たんだから!!」
純が伸び上がって抗議した。
「分かってる。おれは疑ってないよ」
「オレも。・・・けど、妙だな」
「ああ。妖邪門が今さらなぜ・・・」
遼と秀は言葉を切って同時に考え込んだ。
いくら二界の均衡が不安定になっているとは言え、妖邪門ほどはっきりした<道>がそう簡単に現れる訳がない。過去に術者が呼び出した前例はあるらしいが、妖邪界が本来の姿を取り戻しつつある今となってはそれも難しいだろう。
「遺跡を掘るつもりが、妖邪門でも掘り当てちまったとか?」
「あんなでっかいの、埋まんないよ」
茶化す秀に純が唇をとがらせた。
その後もしばらく話し合ったが納得のゆく答えは見つからず、結局、当麻・征士・伸の到着を待つことになった。
「やっぱり来てたか、暴走コンビ」
当麻は到着するなり渋い顔をした。
「こんなことだろうと思ったよ。いくら電話しても繋がらなかったしな」
「ご、ごめん・・・」
うなだれる遼を後目に、秀が弁解する。
「おっ、オレは先走ったわけじゃねぇぞ! 純に頼まれたんだからなっ」
「子供のせいにするとは、呆れ果てた奴だな」
征士が腕組みをして呟き、伸も同意を示しかけるが、
「ちがうよ、征士兄ちゃん。ホントにぼくが頼んだんだ。秀兄ちゃんは知らなかったんだよ」
真剣な表情で割って入った純に、ただならぬ雰囲気を感じ取る。
「どういうことなんだい?」
伸はしゃがんで目線を合わせ、穏やかに問いかけた。
純が今朝からのいきさつをたどたどしく整理しはじめた時、バルコニーに面した大窓から金色の光が射し込んだ。
「この光は!」
見覚えのある現象に、全員が窓へと向き直る。
光が消えた後には、幻魔将の鎧に身を包んだ螺呪羅が立っていた。
「皆揃っておるとは・・・手間が省けたわ」
事情を知らない当麻・征士・伸の3人は顔を見合わせる。
来訪を待っていた秀もぽかんと口を開けた。
「一番来そうにないヤツが来ちまったよ・・・」
「ちと急を要することがあってな」
兜の下から端正すぎて愛想のない顔が現れた。重い用件をどう切り出したものか躊躇していると、思いがけず純が口火を切った。
「やっぱりお姉ちゃんはそっちに行ったの?」
「! 何ゆえ知っておる!?」
「これが教えてくれたんだ」
純はセーターの中にしまい込んでいた命の勾玉を取り出した。螺呪羅が息を呑む。
「・・・何が起こっているのか説明してくれるか」
当麻の頼みに、2人は強張った表情で頷いた。
「何てことだ・・・」
聞き終えてからどのくらいの時間が経ったのか。遼が悲痛な呻きを上げて額に手を当てた。
「お姉ちゃん、死んじゃうの?」
純は目に涙を浮かべている。
「死にはせん。妖邪界に居る限りはな」
「それってもう、こっちには帰ってこれないってこと?」
無邪気で鋭い質問に、螺呪羅は狼狽を隠さなければならなかった。
「体が癒えれば返す。もっとも意識が戻らねばどうにもならぬが・・・」
ナスティが妖邪になるという選択肢は伏せておくことにした。
「だけどどうして妖邪門が隠岐に?」
遼が根本的な疑問に触れる。
「隠岐は流刑の島だ。柿本躬都良(かきのもとのみつら)や後鳥羽上皇などが流されて死んだ。強い怨念が染みついてる分、<道>が繋がりやすかったんだろう」
当麻の分析に、螺呪羅は首を捻った。
「だがそれだけの理由で門が出現するなぞあり得ん」
「ああ。誰か ―― 恐らく純が見たって言う男が喚んだんだろうな。・・・こいつは思った以上に大事かもしれんぞ」
「どういうことだ?」
征士が怪訝な顔を向けた。
「あくまで推論にすぎんが、妖邪界は人間界より上の階層に位置する世界なんだと思う。あっちからこっちへは比較的自由に行き来できるのに、こっちからあっちへ行くのは大変なことだろう?」
「確かに・・・」
征士は、かつての戦いで阿羅醐以外にも様々なはぐれ妖邪が人間界に現れたことを思い出した。彼らに対し、自分達が独力で妖邪界に渡れなかったことも。迦雄須でさえ、向こう側へ<橋>を架けるのは命と引き替えだったのだ。
「<道>を開けるのは迦雄須一族だけだと思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。もしそんな力を軽々しく使えば・・・」
人の世は再び混乱に追い込まれるだろう。使いようによっては世界そのものを壊してしまう可能性もある。第二の阿羅醐の誕生 ―― 一同の脳裡を恐ろしい想像がよぎった。
「その男・・・、何者か見定める必要がある。場合によっては・・・」
螺呪羅の単眼に底冷えするような殺気がひらめいた。
「でもお姉ちゃんが助けたんだ。悪いヤツじゃないよ!」
「助けたのではなく、突き飛ばされたのかもしれん」
純は考えもしなかった非情な見方を示され、何も言い返せなくなった。
「あり得るな。妖邪門が開くのをナスティが黙って見すごすはずがない」
「ちょっと待って。まだ妖邪門を喚び出したのがその人だって決まった訳じゃないだろ」
当麻の推論を伸が遮った。
「そーだぜ。それに爆弾はどうなるんだ、爆弾は?」
秀も疑問を差し挟む。
「確かに妖邪門については今の時点で断定はできない。だが爆弾なら説明がつく」
「どういうことだ?」
「隠岐には太平洋戦争末期、本土決戦に備えて要塞を造る計画があったんだ。着工してすぐに終戦を迎え完成はしなかったが、武器や資材を隠しておいたということはあるかもしれん。もっとも爆発したのがただの偶然とは思えないけどな」
ニュースでは、ナスティの体は爆発で飛散して回収不可能と報じられていた。螺呪羅の話から考えて、現場にはそれを裏付けるに充分な痕跡が残っていたに違いない。たとえ遺体が発見されなかったところで、異世界へ飛ばされたなどと誰が想像するだろう。彼女は文字通り「消された」のだ。
「純、男の顔は覚えてるか?」
純は目を閉じて懸命に記憶を手繰り寄せたが、やがて力無く首を振った。
「ごめんなさい、顔は見えなかった。でもお姉ちゃんとは知り合いみたいなカンジだった」
「そうか。となれば・・・やはり調査隊のメンバーと考えるのが妥当か」
調査隊は考古学や歴史学の専門家を集めて結成された。ナスティの知人が混ざっているのはむしろ当然であるし、妖邪界に関する知識を持っていることも頷ける。
「調査隊はまだ隠岐に?」
「ああ。発掘は中止になるだろうが、事情聴取や後始末があるからな」
隠岐を離れればそれぞれの仕事に戻り、足取りを掴むのが難しくなるだろう。
「行こう、隠岐へ」
遼が短い言葉に固い決意をこめて立ち上がる。
誰もが無言で頷いた。
|