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新緑が風に薫る初夏・5月。小田原の峠に建つ洋館に一人の客が訪れた。
「まあ、遼! どうしたの、こんな時間に?」
出迎えた女主人の第一声は、寝起きで少し掠れていた。別に彼女が自堕落な生活を送っている訳ではない。時間が悪かったのだ。何しろ陽の出直後の早朝である。起きて活動している方が珍しい。
「ごめん、寝てた?」
もっとも来訪者の方は、そんな世間一般の通例などすっかり思考の外に落としてきたようで、肩で息をしながら少し困ったような笑みを浮かべている。こんなに一生懸命で悪気のない様子を見せられては、苦情を言う気もなくなってしまう。
「気にしないで。早起きは三文の得って言うから」
ナスティは春の日差しそのもののような微笑で答えて、カーディガンを羽織り直した。
「それより何があったの? そんなに息を切らして・・・」
朝露で濡れて頬に張り付いた髪を払ってやってから、相手が後ろ手に何か持っているのに気づいた。首を伸ばして覗き込もうとすると、慌てて体の向きを変えて隠してしまう。
「あ、いや、その・・・」
ごまかしのテンプレートというものがあるなら筆頭にくるであろうフレーズが口の中で転がされる。正直というか不器用というか、遼は名人芸的に嘘をつくのが下手だ。
その煮え切らない態度が、ナスティの記憶にある彼の前科(?)と一致した。
「遼」
努めて冷静であろうと一呼吸おいてから
「今度は何を拾ってきたの?」
彼女は尋ねた。消し損なった眉間のしわが怖い。
もっともこの場合、相手側にも非はある。遼は人里離れた山奥で自然に囲まれて暮らしているせいか、動物と友好関係を築くのが非常に巧い。人間に対してはどちらかと言うと引っ込み思案なくせに、動物が相手だとすぐに打ち解ける。さらに、虎にしつけられた(?)という生い立ちと仁愛深い性格とが相まって、怪我をしたり捨てられたりしている動物を見ると見境なく救いの手を差し伸べてしまうのだ。おかげで仲間内では「将来は富士の裾野に第二のムツゴロウ王国が誕生するのでは?」と、まことしやかに噂されている。
それは他人の家に厄介になっている時も例外でなく、彼がこの屋敷で暮らしていた間に、ナスティには獣医の知り合いが数人増えた。
遼自身、そのことは充分悪いと思っているのだが、持って生まれた性分ゆえに一向に治る兆しはないのだった。
が、今回はそのパターンではないようだ。
「拾ったんじゃない! ちゃんともらってきたんだ」
胸を張って否定する。そして言ってしまってから言葉がまずかったことに気づき、慌てて付け足した。
「少しだけだけどお金も払った」
「・・・・・・」
ナスティは無言で額を押さえた。問題は「どうやって」手に入れたかでなく、「何を」「どうする」かなのだが・・・。
その反応で、遼はやっと彼女が何か重大な誤解をしていることに気づいたらしく、咳払いをして説明を始めた。
「おれ最近、市場でバイトしててさ、よく残り物の野菜とか花とかもらうんだ。今日は母の日でカーネーションがいっぱい出回ってて。こういうイベントって時期が終わったらそれまでだろう。それで余った花を集めたら花束になったんだ。一人で飾るのはもったいないし、どうしてもナスティにあげたくて」
そう言って、背中に隠していた巨大な花束を取り出す。
「まあ・・・!」
ナスティは思わず歓声を上げた。
赤、ピンク、オレンジ、黄色、色とりどりのカーネーション。白いかすみ草と幾つかの名も知らない花々。所どころ覗いた緑の葉は瑞々しく朝日に輝いている。それらの色彩を抱きかかえるように淡いサーモンピンクの和紙と透明なフィルムが巻かれ、オーガンジーの大きなリボンが結ばれている。豪華さには欠けるが圧倒的な可憐さだった。
「きれい」
ナスティの口から偽りない感想が漏れた。
遼は花束を渡して大きなため息をついた。
「よかった、喜んでもらえて。残り物じゃ気を悪くするかと思った」
嬉しいのと照れ臭いのが一緒になって、白炎の頭をごりごりとかき撫でる。白炎は迷惑そうに耳を倒したが、大人しくされるがままになっていた。
「気を悪くするわけないじゃない。こんなにきれいに咲いてる花を捨てるなんてかわいそうよ。しかもこんな素敵なラッピングつきじゃ、ね」
ナスティは愛しそうに柔らかなリボンの手触りを確かめた。
遼はますますはにかんで頬を染める。
「少しだけお金を払った」と言っていた。きっと彼なりに精一杯気を遣ったのだろう。うち捨てられたものを放っておけないところも思い立ったら即実行する癖もちっとも変わらないが、少年は確実に成長している。
ナスティは胸に温かい感情が沸き上がるのを感じた。4つしか歳の離れていない人間が親子を気取るのは無理があると思う。まして赤の他人同士では。けれど今、自分の中に満ちているのは多分・・・。
「遼、ありがとう」
逆効果になるのを承知で、ナスティは彼の額にキスのお礼を返した。遼は瞬間湯沸かし器も真っ青になる勢いで、耳まで真っ赤になった。
「ダイニングに大きな花瓶があったわね。あれに飾りましょう」
ナスティはくるりと背を向けると、軽やかな足取りで奥に消えた。わずかに間をおいて、
「そんな所に立ってないで上がってらっしゃい。お茶でも淹れるわ」
溶岩の彫像と化した客人を招き入れる声が響いた。
+=====【終わり】=====+
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〜後日談〜
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伸:「で、母の日にその余り物をナスティにプレゼントしたの?」
遼:(満面の笑みで)「ああ。ナスティ、すごく喜んでくれたよ」
伸:「・・・・・・ま、本人達が喜んでるならいいけど」
遼:「何だよ、ひっかかる言い方だな」
伸:(ため息をついて)「あのさ、君、何か重要なこと忘れてない?」
遼:「? ナスティが母さんって歳じゃないことは分かってるつもりだぜ」
伸:「そうじゃなくて! 5月って言ったら他にもあるだろ、大切なイベントが!!」
遼:「父の日は6月だろ」
伸:(盛大にコケて)「・・・君、もしかしてわざとやってる?」
遼:「お前、時々言ってることが分からないぞ」
伸:(「分からないのは貴様の頭の中身だーッッ!!」と叫びたいのを我慢して)
「だ〜か〜らぁ〜、ナスティには母の日よりももっと祝ってあげなきゃならない日があるだろ?」
遼:「あ」
伸:「思い出したかい?」
遼:「いや、最初から忘れてないけど」
伸:「じゃあどうして!!」
遼:「一度母の日のプレゼントってのをしてみたかったんだ。それに誕生日はみんなで祝うんだからいいだろ」
伸:「う・・・そう言われると・・・」
遼:「そうそう、今日はその誕生日のことで電話したんだ」
伸:「え?」
遼:「今年のプレゼント、どうする?」
伸:「う〜ん・・・。毎年花やハンカチじゃ面白くないよねぇ」
遼:「実はおれに一つ考えがあるんだけど、ちょっと難しいことなんだ」
伸:「何? 言ってみなよ」
遼:(しばしためらってから)「・・・花束を持った朱天ってのはどうだろう?」
伸:(しばし絶句してから)「君、真剣にものスゴイこと言うね・・・」
遼:「やっぱり難しいか。まず、どうやって朱天をこっち側に喚ぶかから考えなきゃならないもんな」
伸:「アイデアそのものは悪くないけど、道徳的にいろいろと問題がありそうだからやめた方がいいと思う」
遼:「そ、そうだよな・・・。あっちは大変な状態なのに、こんなことで負担をかけちゃ悪いし」
伸:「いや、そうじゃなくて・・・」
(以下、エンドレス)
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■泉 静流
いえ、その、あの・・・すみません!!
一昨年亡くなった母を思い出して、思いっきりほのぼのした話が書きたかっただけです(逃げ)
何気に朱×ナスなのは見逃してやってください。
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