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迦遊羅の冬休み
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 開園時間となり、入場ゲートが開かれる。
「開きましたわ。早く、早く」
 いまだ駐車場にいる迦遊羅は、はやる気持ちを抑えきれず、急いでゲートを目指した。その後ろでは、悪奴弥守が少しでも遅くならぬものかと、緩慢な動きで後に続く。
「悪奴弥守殿!」
 遅い連れの手を引いて、迦遊羅はひるがえるスカートのすそも気にせず走り出した。
「走らなくてもいいのよ。時間はたくさんあるんだから」
 先に進む二人に、ナスティは声をかけたが、聞こえているのだろうか。



 朱天が人間界で暮らし始めてから、妖邪界に暮らす彼らは、しばしば遊びにやってきた。話に聞くところによると、それ以前は、界を渡る妖邪を狩りにこちらへ渡る事はあったらしい。が、その場合、彼らは人間界にとどまらず、小一時間もすると帰っていたのだという。住む世界を異にする彼らがこちらへ通うようになったのは、ごく最近のことだった。
それは、柳生邸という、人間界での拠点ができた証であったのかもしれない。
 迦遊羅が洋装で出かけるのは初めてのことだった。きっかけは見るとはなしに見ていたTV番組。師走に入り、街はクリスマスムード一色となる。画面に映る人々は、なぜか楽しそうに見えた。それを見ていた少女は、実に子供らしい発想で願いを口にしたのだ。
遊びたい、と。
迦雄須一族の末裔として、あちらの世界の浄化にあたっている彼らの生活の様子を、ナスティは聞いたことがない。すすんで聞くことはなかったし、彼らも話したがらなかったからだ。それは暗黙の了解であった。彼女も一度はその世界に行っている。お世辞にも華やかな世界とはいいがたいそこに住まう迦遊羅を、ナスティは不憫に思っていた。たとえ、それが彼女の務めだとしても。
 だから、人間界に通う迦遊羅をナスティは外に連れ出した。着物がない、と言われれば、用意した。もったいない、と言えば「私のお古なのだけど」と言い返した。あらゆる言葉を使って、ナスティは迦遊羅におしゃれの楽しみを教えていった。



チケットを持って人々の列に並ぶ。ゲートの向こうでは、このパーク自慢の着ぐるみ人形が入場者を出迎えていた。
「TVで見たのとそっくりですわ」
 迦遊羅がお気に入りの人形を見つけた。彼女は此処に来る数日前から、ビデオで研究していたのだ。かわいらしい動物のぬいぐるみ。そして先日、本を読んでから大好きになった王子様と姫君の恋物語の主人公たち。華やかなドレスをまとう姫君に、迦遊羅は感嘆の声を漏らしたのだった。
 そのドレスを意識したわけではないのだが、今日の迦遊羅は薄いピンクのワンピースを身につけていた。その上に薄い茶色の外套を羽織る。髪は二つに分けて耳の上でお団子にして、同じ色のリボンで結んでいる。
 出かける前、迦遊羅の髪を結いながら、ナスティは恥ずかしそうに話してくれた。左の薬指にはめている指輪のことを。きっかけは少女の肌を傷つけないように、とはずしたことだった。緑の宝石に興味を持ったのだ。翡翠よりも透明で、美しく磨かれた指輪を、迦遊羅は見つめていた。彼女にはそんなものをくれる男など現れることはないのに。けれど夢見ることは許されないのだろうか。
 パーク内を、時間の限り見て回る。広い園内だが一つのアトラクションに並ぶたびに人の列ができていた。休日だから当たり前。その多くは家族連れで、両親と一緒に子供たちが楽しそうに笑っている。同じようにナスティと迦遊羅がはしゃぐ。
 その後ろを男二人が付いて歩く。和服オンリーの彼らも、この園内にはそぐわない、という理由で洋服を着ている。朱天はカジュアルなスーツで同系色の外套に身を包み、悪奴弥守は皮ジャンとジーンズだった。初めて見る洋装姿に、迦遊羅は少女らしく吹き出し笑い転げたのだった。

 昼食を摂ったところで、とうとう悪奴弥守が根をあげた。人の多さと待ち時間に飽きたのだ。ガイドマップを見たナスティは、今いる場所がパレードの通り道になることに気が付いた。とりあえずバックからピクニックシートを取り出し、地面に敷く。
「じゃあ、ここで場所取りをしていてもらえないかしら。パレードが始まる前には帰ってくるから」
 そういって迦遊羅と二人、歩き出す。朱天は悪奴弥守の隣に腰をおろした。実は彼もあまりの人いきれに酔っていたのだった。

「いいのか、二人だけにして」
 心配そうに悪奴弥守は聞いた。一応、迦遊羅のお目付け役という任務を任されているのだ。朱天はああ、とうなずいて、周りを見た。
「心配あるまい。ナスティも一緒だ。それに此処には悪さをしに来る輩はいないそうだ」
 と言って、肩がこる、と首を回した。めったに着ない洋装に、彼自身疲れたのだ。言われて悪奴弥守も周りを見回す。同じように場所取りをする父親たちの姿が目についてきた。
「此処は女子供が楽しむ所だな」
 小さな呟きを、朱天は聞いた。その声に、今回の役回りについて、あまりにも適任よ、と心の中で笑った。今日の役目に、螺呪羅と那唖挫はすぐさま丁重に辞退を申し入れてきた。なので、出遅れた悪奴弥守が引き受けざるを得なかったのだ。
「ああ、此処は家族連れに人気の場所だ。夢を見にやってくるのだろう」
 朱天はつい先ほど乗ったアトラクションを思い出していた。園内の一番高い場所から四方を見下ろす。それは、この園内だけしか見えなかった。この園から外にはいつもの日常がある。けれどこの園にいる時間だけは夢を見ていられる。きっと那唖挫や螺呪羅あたりが一緒なら、そんな朱天の考えを笑うだろう。自分でも驚いている。しかし、迦遊羅に夢だけでも見せてやりたい、と思うことは、いけないことなのだろうか。


 男性陣を通りにおいて、二人だけになった迦遊羅とナスティは、小さな土産物屋に入った。そこにはクリスタルガラスのアクセサリーが飾られていた。カット次第では美しく輝くそれに、迦遊羅はため息を漏らした。
「美しゅうございますね」
 一つ一つ見ては感嘆の声を漏らす。他の客も、同じように息をついている。この場所に飾られているものすべてが、光り輝いていた。
「何か、欲しいものはあるの?」
 不意に尋ねられて、迦遊羅は驚いた。一瞬、ガラスケースの中にあるブローチに目を留めたからだ。見つかったかと、首をすくめる。
「いいえ、私はここに連れてきていただくだけで満足です」
 そういうと、他のガラスケースに目を移した。


「ごめんなさい、通してください」
 高い声が人垣の向こうから聞こえる。どうやらやっと戻ってきたようだ。やがて、待ちわびた者たちが姿を見せた。
「遅い!」
 悪奴弥守が声を荒げる。しかしそれも一瞬で、心配ゆえのこととわかる。
「申し訳ありませぬ。思ったより手間取りました」
 迦遊羅が小さな背をもっと小さくして謝った。慌ててナスティが付け加える。
「私が悪いの。買い物に時間がかかったから」
 二人で謝られては分が悪く、横の男まで敵に回す気配を感じ、それ以上の追求は止めた。

 パレードが始まる。
 大きな山車の上で、今朝方見た王子や姫君、人形が踊っている。その下を妖精に扮した者たちが踊りながら通りすぎる。彼らは近くにいる子供たちをパレードに引き入れ、一緒に踊っていた。その中にの一人がこちらに近づき、迦遊羅の手をとった。
「いってらっしゃい」
 ナスティが笑顔で送り出す。つかの間、困ったような顔をした迦遊羅だったが、やがて、パレードの列に加わった。
 慣れぬ踊りを見様見真似で真似してみせる。その姿は他の子ども達と何ら変わることがなく、ナスティはただ見つめていた。あの戦いの時を、今でも思い出す。迦雄須一族最後の一人、という少女はすべてが終わり、晴れ晴れとした顔をしていたが、およそ子どもらしくない笑顔で別れを告げたのだ。あれから数年が経ち、最近顔を見せた少女は、姿形はどこも変わっていなかった。けれど、どことなく、精神だけが年老いてしまったような、覚めた印象を感じさせた。ナスティはふと、迦遊羅の瞳に自分の幼少時代を思い出し、このままではいけないと思った。そうして願い出たのだ。迦遊羅を預かりたい、と。幸い、三魔将たちは迦遊羅の様子に気をもんでいたらしく、この長期休暇は歓迎されたのだった。

 パレードが終わり、見物人は散って行く。最後までついていった迦遊羅は、興奮した様子で三人の前に姿を現した。
「ナスティ殿、あれはどういう意味なのですか?」
 唐突に尋ねられ、首をかしげた。聞けば、最後までいた迦遊羅に、誘った妖精は彼女の右手にキスをしたのだという。
「りとる、れでぃ。と申されました。南蛮の言葉はわからないので、答えようがなかったのです」
 頬を朱に染めて語る少女を、ナスティは微笑ましく見つめた。この笑顔が見たかったのだ。
「どこにれでぃ、がいるのだ」
 朱天が止める間も無く。
「悪奴弥守殿!」
 迦遊羅はしたたかに彼のむこうずねを蹴りつけた。

 やがて、日も暮れ、夜の帳が落ちてくる。夜の園内はまた変わった姿となる。
「綺麗」
 それしか言えなかった。数々のイルミネーションに飾られた建物や明かりに照らされた花壇は、昼間とはまったく印象を変えた。噴水から出る水が、数々の色の照明に染め上げられる。それは幻想的な風景だった。行き交う人々もまた、しばしその風景を楽しむ。
 迦遊羅が一番に気に入ったのは、巨大なクリスマスツリーだった。そびえたつそれは、このシーズンのみのもの。昼間一度見たときは、余りの大きさに驚いたもののそれ以上の感情は起きなかった。けれど、夜のイルミネーションに飾られたそれは、どこか粛々とした風情を感じさせた。やがて、人々は、ひとところに集まり始めた。何が起こるのかわからなくて、迦遊羅はナスティを見た。離れないように、と握られた手に力をこめる。
「花火が始まるわ」
 園内の照明が一段落とされ、大きな音とともに、花火が咲いた。この園自慢の音と光のショータイム。

 迦遊羅は思わず手を離し、駆け出してしまった。
「迦遊羅?」
 いきなり走り出した迦遊羅に、ナスティは驚いた。朱天も何事か?と振り返る。
「花火の音が駄目だったのかもしれぬ」
 悪奴弥守が途中まで追ったが見失い、戻ってきた。音が大きくて声が聞きづらい。
けれど、考えればわかること。花火の音は、戦の大砲の音にそっくりなのだ。火薬を使うものだから当たり前といえばそれまでなのだが。
「迦遊羅!」
 ナスティは走り出そうとして、朱天に止められる。
「そなたまで迷子になるつもりか」
「いいえ、行かせて。謝らなければ」
 必死で離れようとするナスティを、朱天は押さえた。
「悪奴弥守がいるのだぞ?おおよその場所でもわからぬと、捜しづらい」
 そう言って、闇魔将の本領発揮とばかりに期待の視線を向けた。



 大きな音が耳元でする。人々の悲鳴が離れない。迦遊羅は耳をふさいで走った。けれど、音はやまず、ますます大きくなる。一族惨殺の後、自分は妖邪界に連れて来られたのだ。自我を封じられ、妖邪と成り果てた。思い出したくない記憶が、溢れ出す。
 気がつくと、あの巨木の下にいた。そこは明るくて、今は人もいなかった。迦遊羅は樹にもたれた。幹に触れていると、我をわかるものが居るのか、と樹が語り出した。この樹はしばらく前にこの地に移植されたのだという。もともとここは海を埋め立てた土地。この土地は塩が効いている、と迦遊羅を笑わせた。樹齢を聞いて、私のほうが年上だ、と笑った。
 樹と会話をしているうちに、心が落ち着いてきた。音はもう聞こえず、怖い思いもしない。けれど、はぐれてしまった。つないでいてくれたのに、自ら手を離してしまった。走ったため、汗をかいたのだろう。少し、寒い。

「迦遊羅!」

 優しい、高い声が自分を呼んだ。けれど今の声は少し緊張の色が強い。声のした方を見ると、ナスティが肩で息をして立っていた。よほど急いだのだろう、髪は乱れ、息はまだ整わない。彼女はゆっくりと近付いてきた。
「ナスティ殿」
 言葉が続かない。きっと怒られる。手を離してしまったもの。もう、優しくしてはもらえない。
 手が伸びてきた時、迦遊羅は身を固くした。
「よかった」
 ナスティは迦遊羅に目線を合わせると、そっと抱きしめた。やわらかな腕が迦遊羅を包む。ナスティのつけているほのかな香水の香りが、鼻をくすぐる。
「怖かったでしょう?ごめんなさい。気がつかなかったわ」
 優しい声が迦遊羅の耳に入ってくる。このように抱かれたのはいつの事だったのか。もう、手に入らないと諦めていたもの。幼いあの時、永久に失われてしまったもの。けれど、今自分を包むこの腕は優しくて、暖かい。久しく、されたことのない、ずっとして欲しかったこと。
「かあさま」
 一度だけ、迦遊羅はつぶやいた。ナスティに聞こえたかどうか、迦遊羅にはわからなかった。けれど、その声に応えるように、腕の力は強くなった。
 しばらく抱きしめていたナスティだったが、やがて離れると、迦遊羅の頬を触った。
「冷たい。冷えたわね」
 そう言って、自分の首に巻いたスカーフをはずし、迦遊羅の首に巻く。バッグから何かを取り出すと、包装を破り取り出した。
「ナスティ殿、これは!」
 迦遊羅が見ていたブローチだった。それをスカーフにつける。首を覆っただけなのに、暖かくなった気がした。それよりも、どうして彼女がこのブローチを持っているのか。
「あの店で見ていたでしょう?ちょうど、今月誕生日だと言っていたじゃない。だから、プレゼント」
 一瞬の視線の留まりを、彼女は見逃さなかったのだ。他にもどこかしら身なりを整えて、ナスティは迦遊羅の全身をチェックした。
「うん、かわいい」
 満足したように言う彼女に、今度は迦遊羅が慌てる。
「ナスティ殿、ご自分は…」
 自覚のなかった彼女は手鏡を見て、慌てた。

「本当によろしいのでしょうか」
 戻る道すがら、迦遊羅は恐縮しきってナスティの後ろを歩く。ナスティは振り向く。
と腰に手を当てて言った。
「いいこと?子どもは子どもでいる時にちゃんと子どもをしなさい」
 少なくとも私の前では絶対、と言って、それ以上を言わせない。
「はい、おねえさま」
 迦遊羅はそう言うと、ナスティの手をつないで歩き出した。



 帰りの車の中で、迦遊羅は疲れたのか、後部座席で悪奴弥守に寄りかかり眠っている。
 その寝顔はまさに子どものもの。ナスティはミラーで確認して、一人で笑った。
「疲れてはいないか?」
 助手席で朱天が気遣う。何しろ運転できるのは彼女だけなのだ。高速を使っても、家まではまだまだかかる。嬉しく思いながら彼女は首を振った。
「私も楽しかったもの。まだ興奮しているみたい」
 ナスティはくすくすと笑った。
「面白い発見もあったし。あなた達が思ったよりジェットコースター系に弱いと言う事もね」
「あれは乗り物に乗らねばならぬというところが苦手なだけだ。自分で飛ぶのならあのような速さではないぞ」
 とたんに悪奴弥守がかみついた。その様子がおかしくて余計に笑い声が止まらない。悪奴弥守はごまかすように窓の外を見た。
「私も楽しかったわ。ありがとう。今日、ついてきてくれて」
 前を見ながら、ナスティは言った。
「初めてだったの。遊園地。すごく楽しかった。みんなといられて、とても幸せ」
 この言葉の深い意味を知るのは朱天一人。朱天は、ただ黙って聞いている。彼女の言葉に、悪奴弥守がナスティを見た。その言葉で、今回来なかった二人のことを思い出す。
「あ、あのな。その…後の二人も連れてこようか?」
 人はそれを墓穴を掘る、と言う。朱天はもはや何も言わず、あらぬ方向を見た。
「本当?じゃあ、クリスマスパーティをするわ。美味しいものを用意して、待っているから」
 伴天連の行事など、関係なかったのだが、悪奴弥守の心の言葉はナスティに届かない。
彼女の頭の中で、手筈は調えられていく。
「そういえば、悪奴弥守も今月お誕生日よね。家においしいお酒があるから、帰ったら酒盛りしましょう」
 酒盛り、と聞いて、悪奴弥守は喜んだ。どうやら今日は夜からツキがめぐるらしい。
 迦遊羅はそんな悪奴弥守の動きにも目覚めることなく、夢の世界を旅している。その寝息は安らかなものだった。手にはあの、ブローチを握り締めて。



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 迦遊羅の冬休みです。あの閉じられた世界で男三人に囲まれた生活は、味気ないものでしょう。と言う事で、子どもらしく、遊園地へGO!
 レディへの階段、と言う事で、アクセサリーに興味を持たせてみました。
===byけいっち様




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