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「ギョームはまた同じことをしたのか。16歳の時は私が気づいて助けた。ありがとう。私からも礼を言う」
甲一郎に言われ、朱天は恐縮する。それにしても過去にも同じようなことがあったとは。
「当主の決定は絶対だ。ラエルが生まれた瞬間に決められた婚約。彼女の持つ力とその身に流れる血、ゆえにね」
甲一郎からも力、という言葉を聞いて迦遊羅の言葉を思い出す。黙ったままの朱天に甲一郎は続けた。
「セジャール家、ラエルの母方の家だが、一種の特異能力を持つ家系なのだよ。今でいう超能力というものだ。ラエルの母親、マリー・アニュースは未来予知ができた。正確なそれは今の事業を成功させ家を富ませた」
この言葉は朱天には意味を持つ言葉だった。彼女には力がある。しかも強大な力。そのおかげで自分は今生き長らえているのだ。
「この家において結婚は、血を存続させる為のみに行われるため恋愛感情は必要ない。近親結婚も過去にはよく行われたそうだ。そんな家でラエルは肉親の愛情、抱きしめられることを知らずに過ごさなければならなかった」
甲一郎によると、ナスティが生まれたとき、母親は彼女の未来を予知し、正気を失ったのだという。未来に何を見たのか、それを知るのは母親のみ。ただ、悲鳴を繰り返したのだ。母親は別宅に隔離され、父親は祖父の秘書として奔走させられた。親子はめったに会うことはかなわなかった。使い物にならなくなった者は道具のように捨てられたのだ。それに付随する者も使えるうちは酷使された。そして未知数の力を持つ赤ん坊が当主夫妻の手に残ったのである。
「どうしても心配で日本にいる私の父に様子を見に行かせた。6歳の少女は、笑うことを知らなかったよ」
柳生甲之輔は初めて見る孫の様子にショックを受けた。強引に外に連れ出し、一緒に遊んだ。当主夫妻と怒鳴りあったこともある。必死に少女を背にかばい、守ろうとするもう一人の祖父の存在は、彼女にとって救いだった。ぎこちなさはあったが、二人は心を通わせるようになった。そのときから彼女の勉強は始まった。日本へ行きたい、その思いで彼女は飛び級を繰り返し、故郷を飛び出したのだ。
あの祖父母に育てられたナスティの幼少を思うと、今の彼女しか知らない朱天は彼女の強さに頭が下がった。この強さに朱天は惹かれたのだ。けれど、その強さゆえに危うさも感じる。それは均衡が崩れるとき。
「三年前からは少しはよくなったのだよ。アニュースが時々だが正気になるときもある。ラエルのことは忘れたままだけれどね」
三年前と聞いて、朱天は阿羅醐との戦いを思い出す。彼女の母親はあの戦いを予知していた。ナスティが生まれた時、人間界にはまだトルーパーとなるべき少年たちは生まれておらず、強大な阿羅醐の力だけを感じたのだろう。その怨念の強さは彼女の正気を失わせたのだ。それが消えたことにより、彼女は元に戻り始めているのだろうか。
甲一郎は大きく息をついた。疲れたのかと朱天は彼を見る。
「水をもらえるかな。話しすぎてのどが乾いた」
求められて水差しを差し出す。その様子を甲一郎は見つめていた。
「マリー・アニュースの言ったとおりの人だね。安心したよ。君ならラエルを任せられる」
その一言に朱天は驚き立ちあがる。何を言っているのだろう。少し話をしただけの初対面の男に、この人は何を。けれど甲一郎は身を起こし朱天にすがりついた。病人とは思えないほどのすさまじい力。朱天を一瞬ひるませるほどの気迫。
「私が好きでこんなことを言っていると思っているのか?私だってこんなこと君になど言いたくはない。私の娘だ。何時までも手元において、私が護りたい。妻と娘、二つながら男の護るべき宝だから!」
病人のすがりつく手がずるずると落ちていく。大きく肩で息をするその身体を、朱天は支えベッドに戻した。興奮したのか、彼はベッドに沈み込んだ。
「私はそのようなたいそうなものではない。弱い私は過去に罪を犯し、道を踏み違え修羅道をくぐった。犯した罪は数知れず、私は…」
言葉が続かない。あの戦いを知る者は一握り。目の前にいる人は知らないはず。ましてや自分の目の前にいる人間が、四百年以上も前に生きていた人間とは思わないだろう。
「罪を犯さない人間はいないよ。喪ったものは取り返せず、生きている者は過去だけを見てはいられない」
甲一郎の言葉は朱天に向けられたものだったのか。
「こんな言い方は卑怯かも知れないが。私はラエルを護れなかった。あの子は自分が愛されていないと思いこんでいるところがある。人に対して遠慮するのはそのせいだ。いつも自分より他人のことを考えて自分を殺してしまう」
朱天はわかります、と答えた。彼女の微笑みに何度癒されたことか。不安だろうにそれを隠していつも笑顔を向けていた。忘れはしない。彼女を背に守ることは無上の喜びだった。
「私は生きていていいのでしょうか」
迦遊羅から聞かされた自分の今の生。命の勾玉を発動させたのはナスティ。あの力がなければ死んでいたはず。
「生きている人間は、必要とされているから生かされているのだよ」
何に必要とされているのかを知るために生かされているのだ、と甲一郎は言った。
「長く話していたようだ。ラエルは心配しているだろう。
そうだ、君に渡すものがある」
そう言って取り出したのは小さな箱。開けると緑の石をはめ込んだ指輪。
「エメラルドだよ。あの子の誕生石。瞳の色。瞳の色は母子そっくりでね」
聞けばナスティの母親の婚約指輪だという。
「君から渡してやってほしい。あの子の受け継ぐべきもの。私達のものはすべてあの子のものだからね」
そう言うと甲一郎は少し休む、と言って目を閉じた。朱天は様子を確認すると、そっと部屋を出た。
ナスティは母、マリー・アニュースと部屋にいた。テーブルにはカードが伏せられている。二人で遊んでいたのだ。
「アキヒロ、お話は終わったの?」
アニュースが目ざとく見つけ声をかけてくる。幼い印象。こうしていると普通に見えるが彼女には娘を産んだ記憶はない。
「ラエルとゲームをしていたの。もう二度も勝ったわ。あの子ったら弱いのよ」
後ろでナスティは苦笑いをしている。このゲームは知っている。神経衰弱というのだ。カードに描かれた数を合わせるゲーム。
「お母様には伏せたカードが見えているのですもの。勝って当たり前だわ」
そう朱天の前でつぶやいたのは昨日のことだったか。透視能力というものだ。
「お二人の邪魔をしてはいけないわね。ごゆっくり」
アニュースにとってラエルは遊び友達なのだろう。そう言って部屋を出て行く。ナスティは顔を赤くした。
「お母様!」
叫んでも聞こえていない。二人きりになって彼女は居心地悪さを感じていた。朱天は父と何を話したのだろう。そんな思いがよぎる。
「ナスティ」
呼ばれて彼女は顔を上げた。朱天が懐から何かを取り出す。
差し出された箱を見つめて、朱天の言葉を待った。
「君の父上殿から預かった。渡してほしいと、君が受け継ぐべきものだと」
一瞬、彼女の顔が曇る。しかしそれを無理に笑顔へと変える。
「ありがとう、お手を煩わせて申し訳ないわ」
ナスティが手に取ろうとすると朱天が箱を自分の方に引いた。そのまま彼は箱を開けると指輪を取り出す。その指輪を見て彼女は驚きの声を上げる。
「お母様の婚約指輪よ」
左手を取られる。朱天はもう一度彼女の目を見た。
「そなたを愛している。一度は人の道を外れ、妖邪となった私でよろしいか」
真剣なまなざし。鬼魔将の鎧の奥で光るこの目が恐ろしい時もあった。圧倒的な力で、敵対した。けれど人の心を取り戻した彼の目はとても穏やかなもので、敵と対峙する時の眼光の鋭さは頼もしくさえ見えた。今のこの目はそのどれでもない、初めて見る視線。
「わたしも、あなたが好きです。私で、いいの?」
初めて言えた。恐る恐る尋ねてみる。彼女は不安だった。自分を愛してくれる者達はいつも手の届かないところに行ってしまうから。朱天はそれには答えず、手に取った左手の薬指に指輪をはめた。
「本当に、そっくりだ」
そう言われてもさっぱりわからない。しかし、石の色のことだと思い当たった。父は母の瞳と同じ色の石を探して何軒も店を回ったのだと聞いたことがあった。
くすくすと笑う彼女に朱天の顔が近付いた。
=========<La Fin>=========
Mais, ll y a amour sans fin・・・
とりあえず終わり、でしょうか。プロポーズはさせたぞ!
よくやった、自分!(←おいっ!)
ですが、・・・きすは逃げました。(すみません)
日本への帰り道ではぜひパリで新婚旅行気分を味わってほしいなあ、と思います。ホテルはもちろんスイート。
あのお父さんお茶目にやってくれないかなあ。「ホテルの予約はしておいた」とか何とか言って。部屋に入って二人して顔真っ赤にするんです。(またしても妄想大暴走→やめい!!)
彼女の大学生時代を振り返る、というコース名で、ナスティが案内するんです。ああ、妄想が。冬だからセーヌ川の河川敷で焼き栗を食べる、とか。また一本書けそう。
それではこのへんで失礼します。
===byけいっち様
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