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普通であるために
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 平日の柳生家の朝は早い。ナスティは起床後、身支度をすると台所で朝食の支度を始める。洋風のそれは、はじめこそ同居人に合わせて和食だったが、今は彼もトーストになっていた。
 ころあいを見計らったように二階から朱天が降りてくる。彼は外の新聞受けから新聞を取ると、台所へ足を向けた。

「おはよう、朱天」
「おはよう、ナスティ」

 朝の挨拶は競争みたいなものだった。あるときなど、同時に声を出して、互いに吹き出したものだ。
 彼が新聞を読んでいる間に朝食が出来上がる。会話はあまりなかったが、一つの空気を共有していた。食べながら今日の予定を話し合う。食後の片付けは朱天の仕事。何もしないのでは申し訳ない、と言い出したのは彼だった。その間、ナスティが新聞やTVでニュースをチェックするのが日課だった。


 大学へは二人で出かけた。祖父亡き後、大学の研究室は彼女が理事になることで何とか残し、彼女自身が大学院に入り、研究を続けていた。しかし、何らかの肩書きを持つことは責任も負うことになり、自分がいない時の研究室に朱天を置いたのだ。その人事に大学側は難色を示したが、なんとか折り合いをつけ、また彼は古文書を読むことができたため文献の整理を任された。必然的に、彼は電脳箱(パソコン)を使うことを覚えねばならなくなったのである。
 大学構内を着物姿で歩く彼は、たちまち学生たちの注目を浴びるようになった。ただでさえハーフの彼女の側にいることで注目度は増す。ナスティは、大学側と学生からの一つの質問に突き当たったのだった。




 朱天が現代生活になじみ始めた頃、彼らはやってきた。
「お久しゅうございます」
 平日の夜、夕食を終えた家の玄関に響く声は少女のものだった。迦遊羅が那唖挫を連れて訪れたのだ。
 居間に通された彼らは、落ち着かなくソファに座る。やや那唖挫が疲れて見えるのは気のせいだろうか。真っ先に尋ねたのだが、妖邪界で何かが起こったわけではないらしい。朱天は、そんな彼らを気遣わしげに見ていた。
「ごめんなさい。お待たせしたわ」
 ナスティがお茶の入ったトレイを持って入ってくる。テーブルに置いて、ソファに腰掛ける。
「こんな夜更けに申し訳ございません。今日は昼間から人間界で作業をしておりましたゆえ、このような時刻になってしまいました。しかしながら、良い具合に仕上がったと思うております」
 そういって迦遊羅がテーブルに置いたものは小田原市役所の封筒だった。朱天がいぶかしげに封筒と二人を見比べる。那唖挫はすでによそを向いているし、迦遊羅もそれが何を意図したものかわかっていないらしい。ただ、ナスティは顔をほころばせた。
「本当にできたの?まあ」
 彼女は封筒から二枚の紙を取り出すと、朱天の前に差し出した。それを受け取り、目を通す。
「これは?」
 読んでみてもさっぱり意味がわからない。ただ、父、母、子という欄があり、子の欄に朱天の名前があるのはわかった。もう一つの書類にも同じように名前が書かれており、それには柳生朱天(やぎゅうあきひろ)とあった。
「戸籍と住民票よ。今の人間界では生活するのに必要なの」
 普段は意識しないのだけれど、と言ってからナスティはその書類を大事にしまう。ますますわけがわからず、朱天は説明を求めた。
「あなたの身元を世間一般に向けて明らかにしたかったの。そのために螺呪羅と那唖挫には無理をお願いしてしまったわ」
 聞けば、この数日、小田原市役所で、螺呪羅の幻術と那唖挫の幻覚剤で職員に朱天の戸籍を作らせたらしい。ナスティに言わせると、付け加えさせたのだという。
「おじい様のご兄弟に息子さんがいて、その子ども、と言うことにしてあるの。もうお亡くなりになっていらっしゃるからどうこういわれることはないと思うのだけれど」
 朱天とはまたいとこの関係になるわね、そう言って、ナスティは肩をすくめた。
 すでに設定自体に無理があるのだが、それをごまかすのにわざわざ螺呪羅と那唖挫を使う強引さに朱天はめまいがした。それよりも、どうやって彼女が二人と連絡をつけたのかが気になった。


 いとまごいをする迦遊羅たちを見送りに朱天が外に出る。家から十分に離れて那唖挫が朱天に言った。
「ナスティ殿に、何か気づいたところはないか」
 突然問われて朱天はらしくなく狼狽した。逆に問いたいくらいだったのだ。
「朱天殿には伝えておかねばなりますまい。ナスティ殿は、危ういのです」
 迦遊羅も厳しい顔で朱天に告げる。考え付かぬことに朱天はただ少女の顔を見ることしかできなかった。

 阿羅醐に取り込まれた遼を救うため、命の勾玉は輝いた。烈火を救うのはその場にいた者すべての願いであり、祈りだった。その強い思いが勾玉の力を引き出し、烈火はみんなの下に戻ってきたのだ。
 先に命を賭して迦遊羅を救い出した朱天は、川に沈んだ。妖邪界に戻った魔将たちは死んだと思われた彼の心臓が動いていることに驚いたのだ。しかし、彼はすぐに目覚めることはなく、ずっと眠ったままだった。
 確かに朱天は死んだのだ。それは迦遊羅がよく知っている。では、心の臓はなぜ動いているのか。彼らは命の勾玉を思い出した。だがあの時、朱天を目覚めさせることを強く思ったものは誰だったのか。烈火の復活はありえたこと。では朱天のことを考えた者は誰だったのか。そして、わずかながらでも勾玉の力を扱えた者は誰か。迦遊羅達の考えはある一人の女性にたどり着いた。その人の名前しか浮かばなかった。
「思い出して下さりませ、朱天殿。あなたがどうしてここにいられるのか」
迦遊羅の言葉に、朱天は自分が眠っていた時のことを思い出そうとした。
「俺はどこかに立っていたのだ。阿羅醐に取りこまれたときのような闇の中ではなかった。しかしそこは霞に包まれ、あたりはわからぬ。ただ、呼ばれていたのだ。俺の名前を呼ぶ声がした」
 以前、人間界で名乗っていた名前ではなく、ただ『朱天』とだけ呼ばれた。『鬼魔将』とも呼ばれなかった。それは夢の中の出来事。呼んだ声は女性のものだったかもしれない。
「あの方の祈りは願う想い。カオス一族の末裔の私ですら、あのような強い想いは持ちえませぬ。そして、強すぎるゆえに危ういもの、と考えております」
「それは俺にナスティを見張れ、と言っておるのか」
 つい語気が荒くなる。那唖挫は目をそらし、迦遊羅もうなだれる。わかっているのだ。
 彼女がそのような人間でないことくらい。けれど、彼女が何がしかの力を持っていることはわかる。でなければ命の勾玉を扱うことなどできはしない。ただそれが、どのような力であるかわからないことが彼らを不安にさせる。那唖挫が思い出したように言った。
「螺呪羅が言っておったが今回のことは、彼女は夢の中で螺呪羅に頼んだらしい。夢の中とはいえ、ただの人間が妖邪界につなぎを付けられるはずはあるまい」
 那唖挫の言葉が朱天の胸に刺さった。幻魔将の二つ名を持つ螺呪羅が夢に反応するのは道理だった。彼はナスティの夢に引きずられたのだ。彼女は自分の願いとその方法を告げて、帰っていった。螺呪羅はそのことが信じられず、わざわざ人間界へナスティを訪ねたのだ。彼女は始めこそ驚いたが快く迎えてくれた。ただの夢だと思っていた願いが現実になる。螺呪羅はそこで、さらに詳しい計画案を聞くことになってしまったのだが。この数日の人間界での活動。それはすべて彼女の願いをかなえるため。彼らには、ナスティの願いを断ることはできなかった。彼女は改心した彼らを快く仲間と言ったのだ。彼女の祖父を直接殺めたのは那唖挫本人。今日の訪問は螺呪羅と那唖挫が来る予定だったが、さすがに螺呪羅は力を使いすぎたのか、今日は城で留守番となってしまった。己の術の仕上げを確認できないことに、彼は悔しそうだった。

 迦遊羅と那唖挫は朱天をその場に残し、門をくぐって帰っていった。



   家に戻った朱天は、ナスティがソファに座ったままであることに気づいた。テーブルの上はそのままで、彼女がそこにずっといたことを知らしめる。
「お帰りなさい」
 顔を見て安心したのか笑みを浮かべたが、すぐ曇った。
「あなたに内緒で戸籍を作ってしまったことは謝るわ。ごめんなさい。名前も、勝手に付けてしまったわ。でも、私は普通でいたかったの」
 うつむいたまま彼女は言葉を続ける。普通。彼女のいう普通とはなんなのだろう。彼女は普通ではなかったのだろうか。
 朱天はナスティの肩が小刻みに震えていることに気づいた。それを止めたくて、彼女の肩に手をおいた。想像していたよりも細く、小さい肩に今更ながらに驚く。今までこんな風に触れたことすらなかったのだ。その肩に自分がお荷物として乗っているのだと思い知らされた。この世界のことをもっと知らなければならない。守るものに守られるなどということは自分の矜持が許さない。

「では、普通ということがどういうことか教えを請わねばならぬな」

 肩に手をおかれて、怯えたように首をすくめたナスティだったが、聞こえてきたのは朱天の明るい声だった。思わず顔をあげると、いつものやさしい瞳が彼女を見ている。この瞳をいつまでも見ていたくて、彼女は今回の行動を起こしたのだ。ナスティの瞳から怯えの色が消えた。




 翌日、大学では『研究室の彼』について何人かの学生たちがナスティに尋ねていた。男子だけではなく、女子学生もいる。年の近い研究員。しかもハーフであり帰国子女の彼女は学生たちにとって、目立つ存在でもあった。その傍に突然現れた和服の美丈夫。異性同性関係なくそれは気になる存在だった。彼らはもうずっと彼女に尋ねていたのだ。そのたびに上手く逃げられていたのだが。そのため、学内にあらぬ噂が独り歩きを始めようとしていた矢先だった。

「彼は私のまたいとこ。ええ、一緒に暮らしているわよ」
 とたんに周りからため息が上がる。一人二人と学生がその場を離れ始めた。
「ナスティ」
 呼ばれて、彼女は振り向いた。学生たちも道を開ける。それを通って彼のもとへと向かった。 「またパソコンが止まった。どうすればいい?」
 困りきった表情で朱天が助けを求める。彼女はにっこりと笑うと、研究室へと向かっていった。その様子を学生たちはただ眺めている。

「あやつらは何の用だったのだ」
 やり取りは聞こえていたのだが改めてたずねる。彼女の自信に満ちた声を聞いていたにも関わらず。朱天が大学に来た当初から、彼らの何か言いたげな、絡みつくような視線は感じていた。また職員達の視線も気になっていた。こちらはあからさまな不審者を見る目。今日の彼女の答えは、そのまますべての答えだった。言葉の裏づけにあの紙切れが必要ならばそれでいい。『嘘も方便』という言葉もある。朱天は納得しようとした。
 何かを思い出したように、ナスティは足をとめた。
「昨日、普通ってどういうことか私に聞いたわね」
 蒸し返すような問いに、朱天はただうなずく。できれば思い出したくないのに。那唖挫の声が耳元で繰り返される。そんな彼の様子に気づくことなく、ナスティは言った。
「普通っていうのはね、こんな生活を言うのよ」
 ナスティは、輝くばかりの笑顔で朱天を見た。



===<END>===
===byけいっち様



けいっち様から頂いた小説・第二弾です!
いかがでしょう、この乙女心をくすぐるばかりか、壮大なドラマの幕開けをも予感させる展開はッ○(*>▽<*)○
今回は何と魔将&迦遊羅が登場! ナスティにまつわる謎がおぼろげに姿を見せ始めます。果たしてナスティの持つ「力」とは? そしてナスティを監視する魔将達の真意は? この世界に愛はあるの!? 待て、次号!!(←悪ノリしすぎ)




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