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冬休みもあと3日で終わりという時、不意に伸から「遊びに行ってもいいかい?」という電話が入った。
おれの家は富士の裾野にほど近い、山梨の山奥にある。物心ついた頃からここでの生活が当たり前だったせいか、自分では感じないのだが、人に言わせると「鳥も通わぬ辺境」らしい。もっとも実際には鳥はいっぱいいるから、この言い回しはあんまり適当じゃないと思う。
ともあれ、鳥や動物はともかく人間に住み難い環境であることは間違いなさそうだ。何しろ通学一つとっても、バスが通っている道路に出るまで軽トラック一台がどうにか走れるような獣道を3kmほど歩かなくてはならない。さらに冬ともなれば厚い雪に閉ざされて、出入りする(というか「できる」)のはおれと白炎ぐらいになってしまう。
そんな場所に、伸は何を思ってやってこようというのか。正直、意図を量りかねたが、断る理由はないので「いいよ」と答えておいた。

その日の早朝、おれはいつもより1時間以上早く起きた。伸を迎えに行くためだ。
いくら地図で詳しく場所を教えても、土地勘のない人間がここまで辿り着くのは無理だろう。地元の住民でさえ遭難することがあるんだから。
襟とフードにファーのついた防寒ジャケットを羽織り、スノートレッキングシューズを履く。もてなし用の食糧を確認し、オイルヒーターのタイマーをセットして家を出る。
空は音がしそうなくらいに澄み切っていた。天気予報の通り、よく晴れた一日になりそうだ。
「いつもの場所まで頼むぞ、白炎」
伸が来ることが分かるのか、白炎は上機嫌で喉を鳴らした。
がっしりと大きな背中にまたがって山道を駆け抜けた。軽やかに動く四ツ脚がパウダースノーを跳ね上げ、太陽の光をキラキラと反射させる。頬を切る冷たい風も白炎の毛皮に顔を埋めれば何てことはない。伸はそんなに寒さに弱くなかったし大丈夫だろう。
20分ほどで県道に出た。ここから先はさすがに白炎は連れていけない。
「悪いけど待っててくれるか? 2時間ほどで戻るからな」
額とたてがみを撫でてやると、白炎はおとなしく木立の中に戻っていった。
それを見送ってから、おれはバス停に向かって歩き出した。



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僕は遼を待っていた。
終点から2つ前の無人駅。駅舎とも呼べないような丸木造りの小屋にだるまストーブと数個の椅子が置いてあるだけの待合室。改札口の切符入れが鳥の巣みたいな木箱なのは微笑ましいけど、これでは簡単に無賃乗車ができてしまうんじゃないかと心配になる。
除雪をしていた初老のおじさんに会釈をしたら、少し訛った挨拶が返ってきた。ふと見上げれば雪をまとった山々が行く手をふさぐようにそびえ立っている。話には聞いていたけど、本当にスゴイ所だ。
しばらくすると、バスがチェーンの音をけたたましくまき散らして駅口に止まった。乾いた音と共にドアが開く。
数人の客の後、遼がバスのステップから一足で飛び降りるのが見えた。
「伸!」
積もった雪をものともせず駆け寄ってくる。僕も小走りになりながら手を振り返した。
「よく来てくれたな、こんなとこまで。大変だっただろう?」
白い息を吐く唇がはにかむように綻んだ。素朴な、混じりけのない笑み。
「まあね。何て言うか・・・想像以上だよ」
曖昧に答えた途端、それは申し訳なさそうな表情に取って代わられた。
「いい所だ」
笑ってそう付け足すと、今度は照れたようにこめかみに手を当てる。彼は自分の感情をごまかすということをしないから、時々面食らってしまう。
「バス、45分待たなきゃならないんだ。どっかで時間潰そう」
「僕は別に歩いてもいいんだけど?」
「この雪道は多分、お前にはキツイよ」
「どうかな。雪は元をただせば水だからね」
「いくら水でも凍ってたらどうしようもないだろ」
「じゃあ君が溶かしてよ」
などと、とりとめもないことを話しながらバスの路線沿いを歩いた。持ってきたお土産を渡したり、途中でコンビニに寄って温かい飲み物を買ったりしているうちに、バスが来た。


バスを降りると、そこは実に・・・「山奥」としか形容のできない場所だった。
「こんな所に住んでるんだ」
思わずため息が混じる。遼は言いにくそうに少し口ごもりながら、
「ここからまだ3kmほど先なんだ・・・」
もしかして道かもしれない山林の切れ目を指差した。
「・・・夕方までに着くかな」
歩くのは嫌じゃないけど不安になる。
「大丈夫。白炎!」
遼の声が山並みに吸い込まれ、杉の枝に積もった雪がパタパタと落ちた。その音が収まる前に、道の奥から雪を蹴立てて白い塊が走ってきた。
「白炎、久しぶりだね。元気だった?」
雪と同じ毛色の虎はグルルと低く唸って頭をこすりつけてから、乗れと言わんばかりに背中を向けた。
「白炎の足ならすぐだ」
何の屈託もなく、さらりと遼が言う。僕は膝から下の力がヘロヘロ抜けるのを感じた。
「あのさ・・・、君いつもこうやって移動してる訳?」
止せばいいのに尋ねてみる。
「ああ。本当はバスや電車なんかより白炎の方がずっと速いんだけど、町中じゃまずいだろう。新宿じゃ警官に囲まれちまったしな」
・・・やっぱり。
でもまあ、これが彼の良いところだし、「町中で虎を連れ歩くのは良くない」と分かっただけでも素晴らしい進歩じゃないかという気もする。
「じゃあ遠慮なく」
僕は心の中で覚悟を決めて、遼の後に続いた。



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きっとうんざりされるか呆れられると思ったのに、伸は柔らかく笑っておれの背中につかまってくれた。回された腕にはしっかりと力がこもっていて一瞬ドキッとした。
「安全走行で頼むよ」
肩越しから声が投げられる。
「わかってる」
動揺を隠そうとして、ついぶっきらぼうな口調になってしまった。一瞬「まずい」と思ったが、伸は気分を悪くした様子はなかった。
白炎のスピードは行きとほとんど変わらなかった。乗せる人間が増えてもさほど負担になっていないようだ。
「うわぁっ!」
後ろで伸が歓声を上げる。
「すごい! まるで銀のトンネルをくぐってるみたいだ!!」
感動と興奮が上着越しに身体へと伝わってくる。
よかった、喜んでくれてる。伸はどちらかと言うと育ちが良くて上品だから、こんな何もない山奥はつまらないんじゃないかと心配していたのだ。そのくせ一方で、こいつならおれの住んでる所をバカにしたりしないという変な確信みたいなものもあって。
それが当たったことが嬉しかった。思わず声を上げて笑ってしまう。
「あはは」
伸も一緒になって笑った。
時々ずり落ちそうになりながら背中ではしゃぐおれ達を、白炎が「付き合いきれない」という視線で見上げた。



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間もなく遼の家に着いた。
白炎の雪上ジェットコースターをもうちょっと楽しんでいたかったけど、あまりこき使ったら動物虐待になりそうだ。名残惜しい気分を振り払って背中から降りる。
「ありがとう白炎。すごく気持ちよかった。最高だったよ!」
お礼を言って喉を撫でた。白炎は僕と遼の上着に交互におでこをすりつけてから、ゆっくりと踵を返した。まだ興奮が冷めない僕らは、すぐに家の中に入る気になれず、白炎の黒い縞を見送った。
冷たい風に当たったせいか、顔がぴりぴりする。頬や鼻をさすりながら隣を見ると、遼の頬は血の気が失せて真っ白だった。前に乗っていた彼は僕よりまともに向かい風を受けたのだ。
「大丈夫? 冷えたんじゃない?」
覗き込んだ僕に目をパチクリさせて、「は?」という表情。
「顔、真っ白だよ」
説明を付け足したら、遼は手を横に振って笑った。
「ああ大したことない。すぐにあったかくなる」
そうだろうか。彼は一見健康そのもののくせして、意外と脆いところがある。
「ホントに? 熱とか出さないでよね」
「本当に平気だって。それよりお前こそ鼻が真っ赤だぞ」
「え?」
思わず鼻を押さえた。
「なんか鼻風邪ひいた子供みたいだな〜」
遼が声を殺して肩を揺らす。
人がせっかく心配してるのに、その態度はないだろう。ちょっとムカついた。
「じゃあ少し分けてあげようか」
肩をがっしり掴み、問答無用で引き寄せる。鼻と鼻がぶつかった。
「っっっっ!!!」
声にならない悲鳴が上がった。
「あー、冷たくていいカンジ」
これ見よがしに目を閉じる。遼の身体が瞬間冷凍で固まるのが分かった。もう一歩踏み込んで鼻をこすりつけてみた。遼は完全にフリーズしてしまって、手をふりほどこうともしない。いい気味だと思うと同時に、はたとある疑問にぶつかった。
この始末はどうすればいいんだろう?
もちろんずっとくっついている訳にはいかない。かと言って急にパッと離れるのもおかしい気がする。何だか変な風に意識してるみたいじゃないか。
青空の下の銀世界で、吐息がかかるほど近付いた距離。照れ臭いようなくすぐったいような、・・・嬉しいような。不思議な感覚が手足を駆けめぐって心臓がドキドキする。冷たさなんてもうどこかに吹き飛んでしまっていた。

触れ合った鼻の温度に差がなくなった頃。
「・・・・っはは・・・」
僕らはどちらからともなく吹き出した。
面白かった。
戸惑っている自分とたじろいでいる相手。どちらの反応もかなり的外れだ。
僕らはただ、一緒にいることが楽しいのだ。こんな悪ふざけができるのも楽しみの内。こいつなら大丈夫と無条件に信じられる相手がいるのは、それだけで何物にも代え難い幸せなんじゃないかと思う。
目の前の相棒に瞳を合わせると、彼も同じことを考えているのが分かった。
「ここ、ホントにいいとこだね。ちょっと寒いけど」
簡単に人の手垢にまみれない君にはふさわしい。



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「ははは・・・」
おれは笑った。何が面白いのか自分でも分からないけど笑いが止まらなかった。
笑いながら、こいつに会う前は声を上げて笑うことなんて滅多になかったのを思い出した。
「なぁ、今度お前ん家に行ってもいいか?」
少しだけ緊張して問う。
こいつの家は海の側だったっけ。きっとすごくきれいでやさしい街なんだろう。それを確かめてみたい。
「もちろんさ!」
返ってきたのは弾むような了解の返事だった。
嬉しさを伝えたくて、離れた顔をもう一度寄せ、額をぶつけた。
「〜っやったな!」
リベンジ成功。・・・この後倍にして返されそうだけど。
とりあえず続きは家の中でやろうと、玄関を開けた。



==========【終わり】==========



切腹してお詫びします、遠野さん!!!
「お正月」DLFだった筈なのに年を越して散々遅れまくった末、できたのがコレ・・・。もう言い訳の言葉もございません。
しかも伸×遼とか言いながら、全然らぶらぶしてないし!
ギャグにならないようにするのが精一杯。自分で自分に愛想が尽きました。
文/泉 静流




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