やがて完全に陽が落ちる。
蓮の海を電飾もきらびやかなフェリーが渡って来て、町の入り口の岸に接舷する。わらわらと降りてくるのは見たこともない容貌の異形ばかり。
ナスティ:「夢なら早く醒めて、お願い・・・」
膝を抱えてうずくまる背中に、男の声がかかる。
男:「そこの者、人間がこんなところで何をしている?」
男:(怪しげな丸薬を差し出して)「これを食べろ。この世界のものを食べなければ、君は消えてしまう」
ナスティ:「で、でも・・・」
男:「心配ない。食べても豚にはならぬ」
ナスティ、言われるままに丸薬を飲む。
男:「もう大丈夫だ。ついてくるがよい」
言うや否や、ナスティの手を引いて凄まじい勢いで走り出す。
着いた先は「荒誤屋」という看板の掛かった派手な城。巨大な煙突から濛々と煙が立ち上り、浴場独特の匂いが漂う。
先程の異形達は皆、橋を渡ってここに入っていく。
男:「橋を渡る間、息をしてはいけない。店の者に気付かれてしまう」
ナスティ、頷いて息を止め、男に寄り添って橋を渡る。
橋の中程に二股に分かれた烏帽子を被った男が立ってナスティをじっと見つめている。
あと少しで渡りきるという時、
妖邪兵その一:(どアップで現れて)「鬼課長様ーっ!」
ナスティ:(思わず息を吐く)「!!」
ざわめく周囲。
「人間!?」「人間だ」
「人間が入りこんだぞーっ!!」
大混乱になる中、男はナスティを抱えて目にも止まらぬ速さで通用口に飛び込む。
ナスティ:「ご、ごめんなさい、わたし息しちゃった」
男:「いや、君はよくやった。だがこのままでは見つかるのは時間の問題だ。私が行ってごまかすから、その間に君は裏の潜り戸から抜け出すのだ」
ナスティ:「で、でも遼達を置いていくわけには・・・」
男:「よく聞け。潜り戸を出たら階段がある。降りた先にボイラー室があって、ナァ爺という男がいる。その者に『ここで働きたい』と頼むのだ。ここでは仕事を持たない者は皆、アラゴに動物にされてしまう」
ナスティ:「アラゴ?」
男:「ここを支配する魔物だ。会えばわかる。連れの5人を助けるためにはアラゴに雇われるしかない。つらいだろうが、耐えて機会を待つのだ」
ナスティ:(こくりと頷き)「分かりました。色々ありがとうございます。わたしはナスティ・柳生といいます。あなたは?」
男:「私の名は朱天だ」
朱天、従業員が右往左往する荒誤屋に入ってゆく。
ナスティ、人の気配がなくなるのを見計らってから、言われた通り潜り戸を出る。
暗くて急な階段を何とか降り、ボイラー室のドアを開けると、「爺」と呼ぶには若すぎる六本腕の青年が忙しそうに薬草を調合している。
ナスティ:「あの・・・、ナァ爺さんですか?」
ナァ爺:「いかにも」
ナスティ:「ここで働かせてください!」
ナァ爺:「手は足りとる。他を当たれ」
ナスティ:「何でもします、お願いします」
ナァ爺:「おぬしはどう考えても、表の仕事向けであろうが」
そこへ引き戸を開けて、左頬に十字傷を持つ青年が現れる。
アヌビス:「おーいナァザ、飯持ってきたぞ・・・って、にっ人間!?」
ナァ爺、素知らぬ顔で天丼を掻きこむ。
アヌビス:「いや〜、まさかお前に職場に女を引っ張り込む甲斐性があったとは」
ナァ爺:「たわけ! 就職希望者だ。おぬし、アラゴ様のところに連れていってやれ」
アヌビス:「あぁ!? 冗談じゃない、何で俺が!」
ナァ爺:「かわりに『ゴン●の骨っこ』やるぞ?」
アヌビス:(ちょっと嬉しそうに受け取って)「ちっ、仕方ないな。娘、ついてこい」
ナスティ:(ナァ爺に深々と頭を下げ)「ありがとうございました」
ナァ爺:「ん、がんばれよ」
2人、大きな歯車の回る機関部からエレベーターに乗る。
アヌビス:(ナスティをしげしげと見つめ)「お前、ここがどういう所か分かってるか?」
ナスティ:「えっと・・・多分お風呂屋さんですよね」
アヌビス:「神様相手のな。しかも食事や入浴の世話、はては宿泊サービス込みと来たものだ。お前みたいのは確実に
湯女(ソープ嬢)か白拍子(芸者)だぞ。ちゃんと客取れるのか?」
ナスティ:(顔色を失いながらも)「が、がんばります・・・」
最上階のアラゴの部屋。
ナスティ:「ここで働かせてください!」
アラゴ:(いともあっさりと)「よかろう」
アラゴ、年季の記された契約書とペンをナスティに渡し、呼び鈴の紐を引く。
ナスティ、サインをしようとするが、突然、けたたましい高笑いと共に隣の部屋のドアが吹き飛ぶ。
嬢:「おーっほほほほ!!」
アラゴ:「嬢! どうしたのだ!?」
アラゴが隣の部屋に消えると同時に響く爆発音。ナスティ、硬直して見守る。
アラゴ:「こ、これ暴れるでなうごっ! 悪い夢でも見ぐはっ!!」
間が悪く朱天が現れる。
朱天:「お呼びですか」
アラゴ:(ボロボロになりながら)「新入りだ。湯女の欠員補充にがはぁ!」
朱天:「牛肉・オレンジの輸入解禁以来、多くの神々が憂き目を見ています。異人の血が混ざった女を使うのは如何なものかと」
アラゴ:「しかしそれだけの上玉はなかなか」どんがらがっしゃん
語尾は破壊音にかき消される。
朱天:(冷ややかに)「いくら上玉でも客の不興を買っては元も子もありません」
アラゴ:「嬢、おとなしくぎえぇ!・・・分かった、好きにせい!」
朱天、瞬速で契約書を差し替え、ナスティにサインさせる。
アラゴ、頭にドアの破片を生やし、肩で息をしながら戻ってくる。
アラゴ:「『ナスティ・柳生』か。贅沢な名じゃのう。今からお前の名は『ナス』だ。返事は!?」
ナスティ:(涙を流しながら)「はい・・・」
下りのエレベーターの中。
ナス:「あの、朱天・・・」
朱天:「無駄口をきくな。私のことは『鬼課長様』と呼べ」
事務所。
幻魔将もとい現場長:「人間だと? いくらアラゴ様の命令でもそれは・・・」
朱天:「すでに契約なさったのだ。仕方あるまい」
現場長:「相変わらず無責任な・・・少しは現場の苦労も考えてもらいたいものだ。苦情を聞くのは俺だと言うのに。で、どう使う気だ?」
朱天:「役務長はおるか」
アヌビス:「俺かよ!?」
朱天:「手下を欲しがっていただろう。煮るなり焼くなり好きにするがよい」
アヌビス:「おのれ、人事と経理を任されておるのをいいことに。覚えておれよ!」
アヌビス、ナスを連れて大股で去ってゆく。人気のない渡り廊下まで来た時
アヌビス:(肩を叩いて)「お前、うまくやったな! 下働きはキツいが湯女よりマシだぞ」
ナス、ほっとして緊張が緩み、座り込んでしまう。
雑役の大部屋。
アヌビス:「えーと、腹掛けはこれ、袴はこれ、上着はこれで褌は・・・いらないか」
ナス:「あの、アヌビスさん・・・ここに『朱天』って人、2人いるの?」
アヌビス:「あぁ? 冗談じゃない、あんなのが2人もいたらとっくの昔に脱走しとるわ!」
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