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Last updated: 2005.04.06 First updated: 2005.02.12

禁煙挑戦録3

2005.02.12-2005.04.06

2005.02.12に大阪にある大学医学部附属病院心臓血管外科に入院した。ペースメーカーを横から柱にぶつけ、身体から飛び出しそうになっていたのを仕事の忙しさのために、充分な治療を受けられなかったために、黴菌がペースメーカーやリード線に取りついて、敗血症か菌血症になってしまい、毎日40度近い熱にうなされるようになったため、このペースメーカーやリード線を取り出すためにこの大学病院に転院して来たのだった。

敗血症か菌血症の状態だから、手術は即はじまった。手術前の説明では、胸骨を電動ノコで縦にぶった切って、それから万力で肋骨をこじ広げて、人口心肺を取り付けて、心臓を止めて?、えーと、心臓を切り開いて・・・、それから、心臓の動きが再び動くように神様にお祈りして・・・・、肋骨を閉じて、胸骨を太い針金で縫い合わせて・・・。普通なら身の毛もよだつ話だが、手術慣れした私は平気に近かった。現代の麻酔術はとっても信頼に値するのを体験してるからである。ただ、導尿管だけは勘弁して欲しいと頼み込んだ。個人差があるらしいのだが、私は導尿管の痛みには滅法弱い・・・膀胱の中の傷口を塩で洗われているような。担当医、答えて曰く、ああ、それは大丈夫、麻酔が覚めて、次の日には外すのが今は普通だから。術後二日目には自分で歩いてトイレに行ってもらうから。ありがたい話である、絶対安静一週間も経験したことがあるが、導尿管につながれて、一週間の絶対安静は地獄の日々だった。それから五年、医学の進歩はすごいのだなあと思った。

さて、手術。旨く麻酔は効いてくれるだろうかが当面の心配である。麻酔注射の打つための麻酔注射を先ず打たれるんだろうなと思っていたら酸素マスクみたいものを口に当てられて一秒もしないうちに無意識になった。

麻酔の切れる頃には無意識ながら無意識と言う意識状態があるみたい、意識が戻って最初に聞いたのが時間のことだった。酸素マスク見たいのを当てられのが一分か二分ぐらいまでだったような? まさか一晩寝てたとは。家族全員の顔が見えた。ああ、みんな来てくれたんだなあと嬉しくなる。家族に何か喋ったかどうか覚えてない・・・再び、目が覚めた時、導尿管は既にはずされていた。胸の傷口も全く感じない。感じろと言われれば感じるぐらいの痛みである。何時間か経って尿意を感じる。「自分で歩いてトイレに行って下さいね」・・・あのさあ、大手術後なんだし、腰部脊柱管狭窄症でもあるんだから、優しい看護師さんの一人や二人ぐらいくっ付いて来てくれないかなあ・・・ブツブツ。
さて、この頃、私は腰部脊柱管狭窄症とも戦っていたのだが、トイレに一人で行けるという欲望の次に湧いてきたのは「タバコを吸いたい」の一念だった。この一念が腰部脊柱管狭窄症から私を救い出したと言えなくもない。 大手術を機にたばこを止めるというチャンスを私はみごとに生かしきれなかった(^^;(^^;(^^;



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