2002年 11月 先ず 自分から 3月 花祭り2
5月 作法と習慣 2月 涅槃会(ねはんえ)

 

先ず 自分から

 お寺や門徒さんノ家では、親鸞聖人の報恩講の季節です。
 私たちにお念仏の道を教えてくださった聖人のご苦労を思えば当たり前のことでしょうが、若い年代の人で「ほんこはん」を知らない人が増えているような気がします。
 核家族化のせいでしょうか……お年寄りが亡くなったら、全ての仏事がわからなくなった人が増えております。
「分からないので、教えていただきたいのですが」
と訊く人もいらっしゃいますが、
「知らないものは、訊きようがない」
とか、
「訊くのが恥ずかしい」
とか、
「何もわからないもので……」
というだけで済ませてしまう人もあります。
 現代まで先達が伝えてきた素晴しいみ教えを、子や孫に伝えない、いや、伝わらないとは……本当に残念なことです。

 核家族のせいだけではないような気もします。自分はどうでしょうか。仏事の習慣だけ憶えているのではありませんか?いつもお参りしますか?お土産や貰い物を、先ず阿弥陀様にお供えしてからいただきますか?
 自分がそうすれば、そういう姿を見て、若い人も自然と憶え、身につけていくのではないでしょうか。そういう思いになっていくのではないでしょうか。

 ノーベル化学賞を受賞された田中耕一さんの母親である春江さんは、先ずお灯明を上げ、阿弥陀様に報告されたそうです。
 それを聞いて、思わず涙が出ました。そこまで阿弥陀様を中心とされるご家庭であることが嬉しかったのです。
 耕一さんのお祖母ちゃんは。90歳まで別院のお朝事(晨朝)に参拝されました。腰が曲がっても杖をついて、雨の日だろうが雪の日だろうが、通われた方です。そして、先ず阿弥陀様にお供えする方でした。
 その姿を見て、家族皆が阿弥陀様にお参りされ、孫にも伝わり、耕一さんやお兄さんたちも、『正信偈』などソラでよまれるくらいになってらっしゃいます。

 口やかましく
「お参りしなさい」
でなく、先ず自分が普段からお参りしたり、お供えしたりしてください。そういう姿を子や孫は見ております。

住  職

2002年11月号影現寺だより

このように言うと、「私はお経も覚えてませんし…」とおっしゃる方がいらっしゃいます。また、お経を暗記することが重要で、憶えていないといけないように勘違いなさる方がいらっしゃいますけれど、お経は憶える必要があるわけではありません。経本を見て、目と口でお釈迦様の説法を味わってくだされば良いのです。

 

作法と習慣

 この間から、富山教区(富山別院の中にある組織)から出版する冊子の挿絵を描いておりました。
 作法本というようなものは、何処の書店に行っても置かれていますが、これは富山弁で富山の習慣を交えて書かれていて、「ともしび」という別院だよりに掲載されていた『ごんげはん ちょっこ聞かしてくたはれ』が好評で、まとめたものです。

 先日、書店でいわゆる「冠婚葬祭本」というのを手にとって見ました。
「やっぱりなあ…」
と思ったのは、焼香の仕方。私はだいたいここから見てしまうのですが、やっぱり宗派関係なく
「香をつまんだら額に押し頂いて……」
と書いてありました。
 前から何度も書いていますが、作法は各宗派によって異なります。例えば、お茶にしても、流派によって作法が違うはずです。
 全てに関して、これだけが正しいのだ!という作法はないはずです。
(浄土真宗本願寺派は額に押し頂かずに1回だけ、大谷派は2回焼香します)

 今書いたのは宗教的な作法ですが、土地柄の習慣というのもあります。
 例えば、富山では葬儀では白黒の水引がついた封筒を使いますが、法事では(初七日・満中陰・年忌法要等)のときは黄白の水引のものを使います。おめでたい法要は当然赤白ですが。
 ですが、黄白の水引を使わない土地柄も県外には沢山あるようです。
 ですから、県外が本社の業者の場合、富山の店舗でも、黄白の水引がついた「御仏前」と書かれた封筒が売っていないこともあるようです。

 県外、県内という差だけではなく、少し離れただけでも、微妙に習慣が違うこともあります。
 例えば、喪服と言えば黒と思いますが、家族が白い喪服を着る土地柄もあります。
 お寺さんが亡くなったときに、親戚の僧侶方が皆、七条袈裟を着けるところもありますが、この辺りでは五条袈裟を着けています。

 このように、習慣と言うのは土地によって少しずつ違うのです。
 が、色々な土地の親戚の方がお集まりになる葬式や法要では、ああしろ、こうしろ、と、いろんな習慣が飛び交って、お家の方が四苦八苦なさっていることが少なくありません。

 わからないから、周囲の方の言われたとおりにあたふたと走り回る。でも、そのときに
「どっちが本当なの?どうしたらいいの?」
と思われたら、お手継のお寺さんに聞かれるのが一番だと思います。
「この歳になっても、知らんことばっかりで、恥ずかしいです」
と、おっしゃって聞きづらいようですが、聞かないからわからないのだし、わからないまま人に知った顔で教えているのもどうかと思いませんか。
 知識の量と年齢は関係ないと思います。私たちが知らないことを知っていらっしゃる方は沢山いらっしゃいます。大げさな例えですが、学者さんに専門があるように、普通に生活している私たちにしても、詳しいこととそうでないことがあって当たり前ではないでしょうか。子供はテレビアニメのキャラクターに詳しいですが、一緒に遊ぶ親御さんは、子供に教わって覚えたりなさるのではないですか。

 私も、なんでも聞きやすいと親しんでもらえる僧侶でありたいと思います。

2002年5月号影現寺だより

 

花祭り2

 4月8日は花祭りです。お釈迦様の誕生仏に甘茶をかけるといえば、よくお解かりと思います。
お生まれになって7歩あゆんで「天上天下 唯我独尊」と言われたそうです。

 お釈迦様だけが尊いのでしょうか。偉いのでしょうか。
 後には尊い釈迦牟尼仏と成られましたが、お生まれのときは釈迦族の王子様でした。
 この言葉は、この世に生まれた人全員に当てはまる言葉です。つまり、私たちはこの世に生まれることを誰にお願いしたわけでもなく、生まれ難い人間として生まれさせていただいたのです。そして、誰にも代わってもらうわけにいかない、また代わることのできない、自分だけの素晴しい、誰と比べても劣ることのない人生を歩むことができるから言える言葉なのです。それで、私も他の人も皆尊いというわけです。

 また私たち1人1人は貴重な2度と無い人生をおくっているのだから、人間の尊厳性を宣言した言葉だともいえます。
 でも、世間では、学歴・肩書き・財産などで評価することが多いです。では財産のある人の人生と、肩書きがある人の人生では、どちらが優れていますか。どちらも無い人の人生が劣りますか。そんなことは言えない筈です。
 何かを基準として判断すれば上下がつけられるのかもしれませんが、例えば……スポーツ、食べ物、好みや、得て不得手はそれぞれでしょう。どちらが好きだから偉い、というような上下は無いはずです。

 皆、誰だって同じ価値ある命を持っています。
「こんなつまらない私なんか、生きていたって仕方ない」
と、劣等感を持つ人、
「あんな無駄な奴なんか生きていたって仕方ない」
と、驕る人。どちらも間違いです。
 人ぞれぞれ個性・特徴を持って生きています。
 阿弥陀経に

極楽の池の中に咲く蓮華は、車輪の如く大きく、青色の蓮華には青い光、黄色の蓮華には黄色い光、赤色の蓮華には赤い光、白色の蓮華には白い光があり、それぞれ清らかな香りを放っている

と、説かれています。
 赤・青・黄・白、どの色が好きかと言うことはできても、どちらが上かということは言えない筈です。
 つまり、学歴・財産・職種など含めて、個性・特徴と見るべきでしょう。沢山の個性・特徴を持った人の集まりで、世の中が調和しているということです。
 1人1人がそれなりの光を放っていて他人と違うからこそ、その人が大事な人と成りうるのです。ですから、この世に無意味な人は誰も居ません。皆、大事な人ばかりです。

 阿弥陀様にとっても、私は大事な者です。
 この私を救わなかったら仏に成らないとまで仰って、いつも共に居てくださいます。光を放つなら、阿弥陀様が悲しまれないような光を放っていたいものです。
 我が心を見つめ、懺愧し、感謝する時間を、少しでも多く持つような人生でありたいものです。

 今回は、花山勝友先生の本を読んで書きました。

住 職

2002年3月号影現寺だより

 

涅槃会(ねはんえ)

 2月15日は、お釈迦様が入滅された(亡くなった)日です。
 色とりどりの涅槃団子の時期といえば、わかりやすいかもしれません。幼い頃に、門徒さんからいただいてきた団子を、ストーブで炙って食べた記憶があります。

 お釈迦様はご存知のように仏教を開かれた方です。旅先各地で様々な人々に法をお説きになられました。
 晩年……パーヴァ−という場所で、鍛冶屋さんのチュンダという人から食物の供養をうけて、法を説かれました。
 チュンダはお釈迦様の為にスーカラ・マッタヴァという料理を作ったそうです。
 スーカラ=野豚、マッタヴァ=柔らかい、という意味ですが、野豚ではなく野豚が好むキノコであるという解釈があって、特殊なキノコ料理という説が有力なのだそうです。
 その料理を食べたお釈迦様は、”激しい病が起こり、赤い血がほとばしり、死にいたらんとする激しい苦痛が生じた”と、いいます。
 病に苦しみながらも旅を続けられたお釈迦様は、とうとうクシナーガラ郊外で動けなくなり、沙羅双樹の下で、頭を北にし、顔を西に向けて横になられ、弟子や嘆き悲しむ人々を慰めながら、息をひきとられたのです。
 私達なら
「あの食べ物のせいだ、チュンダのせいだ!」
と、言いたくなるでしょうが、お釈迦様は
「チュンダの食べ物のせいではなく、私は生まれてきたから死ぬのである」
と、おっしゃったそうです。

 「涅槃=死」だと思ってらっしゃる方もあるかもしれませんが、本当は「火が消える」という意味です。
 命ある時に既に覚りを開かれたお釈迦様ですが、肉体ある限り、老いや病など、肉体の苦痛からは逃れられません。煩悩の火が消え、死によって肉体的な苦痛からも解き放たれて、本当の安らぎを得ることができる(大般涅槃)のです。

 そのようなお釈迦様の死を、お弟子方だけでなく、森の動物達が嘆き、木や草花までもが悲しんで枯れてしまった…と、言い伝えられています。
 ちなみに、お葬式の時に「紙華」という、紙で作った花を飾りますが、それは草花が悲しんで枯れたという言い伝えからきたものです。

 涅槃団子は、仏舎利(お釈迦様のお骨)を表したものだそうです。
 あの赤や黄のカラフルな色は、仏旗…これについては、また別の機会にお話いたしますが…という旗の色です。
 お守りにしたり、ご利益があるという宗派もございますが、浄土真宗ではそういうことは申しません。
 当寺院でも、2月のお講には、お供えした涅槃団子をお配り致しますが、せっかくの「おさがり」ですので、新しいうちに美味しく召し上がっていただきたいものです。

 涅槃会は、仏教に出会うことができた私達が、祖であるお釈迦様に感謝して行う法要で、手を合わせてお念仏する大切な仏縁のひとつです。
 が、勿論、浄土真宗でのご本尊(礼拝対象)は、阿弥陀様ただ一仏であることはお忘れなきよう。

 あらためて涅槃会を勤めない寺院もあります。

2002年2月号影現寺だより